世界SF全集(13)
小笠原豊樹訳
1970年
『華氏四五一度』のついでにちょっと目を通して見たら、驚くべき事実が判明した。自分は『火星年代記』レベルの作品なら(そこまで好きでない作品でも)半生に渡るSF歴において最低五回は精読しているはずだと信じていたのだが、全く記憶にないエピソードの方が多かったのである。どうやらかつての自分は本作をせいぜい拾い読みしかしていなかった模様。本作を読んだつもりになっていたのは、どうやら『刺青の男』にいくつか入っている火星もの等、他の短編と混同してしまっていたようだ。
というわけで改めて精読で通読してみた。
結果、実に良い読書ができた。優れた文学であり、優れたSFであり、まさにオールタイム・ベストと呼ぶにふさわしい。これをまともに読まずして練達のSF読者と自称していた自らを恥じ入るばかりである。
なお、本作を読んだことによりブラッドベリが単なる「詩情の人」や「ファンタジーの人」ではなく「詩情を解さない馬鹿者の存在を憂う人」であり「寓話の人」であることをようやく(*1)明確に認識した。『華氏四五一度』やいくつかの短編のテーマはもちろんこれまでも読み取れてはいたが、それらはあくまで氏の一面というか例外的作品に過ぎないと誤解していたのである。『火星年代記』ではこの事が(スペンダー隊員やウィルダー隊長のような)少数の善き人間と(パークヒル隊員に代表されるような)多数の下品な愚か者の対比によりはっきりと示されている。
*1 お前は一体全体SF者を何十年やっているのかと問い詰められたら一言の反論もできない。