『怪盗クモ団』La bande de l'araignée(1933)
『謎の緑色光線』L'étrange lueur verte(1932)
岩波少年文庫
1986年
榊原晃三訳
シリーズ全体については
以前のエントリに投稿したとおり。今回は久しぶりに1巻を精読したので感想を。
結論から言うと『怪盗クモ団』は傑作である。
その最たる原動力は一にも二にも悪役ジョルジェット・キュブリエの魅力にある。クモ団のうら若き首領である彼女は、散文的に言うとモリアーティ教授の女版(少女版?)に過ぎないのだが、言語化し難い特殊な魅力に満ちている。あえて強い言葉を使うが、星の数ほど書かれた近代通俗娯楽文学の悪役の中で最高に魅力的と断言できる。その卓越した知性と意志力、垣間見える人間的な一面、そして際立って巧みな設定と言えるのがその風貌が美形では
ないことであろう。…などと言った表層的な特性を私が言葉で列挙してもその本質ほとんど誰にも伝わるまい(自分の複製から本作に関する記憶だけを消去した人物に語っても伝わるとは思えない)。とにかく読んでみてほしい。
そして、ディクソンとキュブリエの最初の対面がまた卓越している。名探偵対悪の首魁の対面シーンとして迫真の出来であるのに加え、ディクソンが一人の人間として「まだ歳若い大悪人に対して本気で打算抜きで改心を勧める」のである。そしてキュブリエもまた一人の人間として「相手の真心に心を打たれる」のである。探偵小説においてこれほど感動的なシーンを私は他に知らない。
二度目の対面もまた、互いの立場を棚上げにして互いの命を救うディクソンとキュブリエの姿勢が感動的である。
少年時代に初めて本シリーズを読んだ頃は、これといったガジェットが盛り込まれていないことから『怪盗クモ団』こそがシリーズ中で最も退屈な作品かと思っていたのだが、未熟の極みだった。当然本作こそが最高傑作である。百数十編中から六編を厳選した中に本作が入り、なおかつ六編の中で本作を先頭に配した訳者/編集者の意図が今なら良く分かる。多くの作品ではアクション主体で内面の分かりづらいハリー・ディクソンという男の人間性を、読者に最初に知らしめることが目的だったに違いない。
さて、本作では決着が付かなかったジョルジェット・キュブリエとの戦いであるが、百数十編あるらしいシリーズにおいて結末は書かれているのだろうか。誰か教えてください。そして書かれているのだとしたら誰か翻訳してください……
『謎の緑色光線』は科学探偵小説としてオーソドックスでスタンダードな秀作である。マッド・サイエンティスト、国際スパイ、アクション、推理が程よく盛り込まれており、退屈しない。