久しぶりに再読。すごく久しぶりなので、初読に近い新鮮な感覚で読めた。
やはり、ある面では秀逸だが別の面では劣悪という二面性のある作品だ。
まず、雰囲気は抜群に良い。舞台となる未来社会、宇宙、惑星の厚み、リアリティ、魅力も本物である。主人公デインを始めとした登場人物たちのキャラクターも、やや地味ながら(そこが良いとも言える。あまりにも派手な属性を盛り過ぎるとこの作中世界には合わない)しっかりとした個性があり、感情移入できる。
この魅力的な舞台で、この魅力的な登場人物たち――〈ソーラー・クイーン〉号の仲間たち――が、新発見の惑星――実は調査船が行方を絶っている、いわくつきの惑星でもある――を一つ競り落とすところから物語を始めるという着想も大変結構である。また、〈先史文明〉の稀に見る遺物を悪党どもが悪用して〈宇宙のサルガッソー〉を作り出して船を略奪していたことを自由業者たちが暴いて大団円を迎えるという大筋も(少々スケールが小さいながらも)大変結構である。
しかし実際のプロットにはだいぶ難がある。何というか、いつの間にかグズグズ始まって、何となくグズグズ続いて、何となく大団円に至ると言わざるを得ないのだ。端的に言うとメリハリが無い。伏線が見事に張られて見事に回収されるとか、そういう事もない。対比とか繰り返しとかそういう美しい構造もない。仲間たちもそれぞれの特技を生かして活躍すると言えばするが、序盤の顔見せから期待される水準には今一つ至らない。特に主人公が新人という立ち位置から想定される順当な範囲内でしか活躍しないことは、リアルと言えばリアルなのだが一般的な人類がフィクションに求めているものはもう少し劇的な何かではあるまいか(最悪、「偶然」や「幸運」でも良いのでもう一声、輝かしい手柄を上げさせて欲しかった)。以上のグズグズ具合は『Starman’s Son』とも共通しているように思える。ノートンもまだまだ技巧的に未熟だったということだろうか。
ついでに言うと『大宇宙の墓場』という邦題も凡庸だ。原題の大意は捉えているが中途半端でパットしない。忠実に『宇宙のサルガッソー』とするか、さもなければもっと鬼面人を嚇すような邦題を無からひねり出す方が得策だったのではなかろうか。
翻訳はおおむね良好。ただし、第七章の終盤でコスティ機関士がウィルコックス航宙士を「ウィルコックス氏」と呼ぶのは海事用語の「Mr.」をただの「Mr.」と取り違えた(あるいは海事用語を知らなかった)誤訳であろう。
松本零士のイラストについては――漫画家の安易な起用については私は懐疑的立場なのだが――悪くない。作品の雰囲気と良く符合している。