現代フランスの作品。何らかのメディアで存在を知りピンと来るものがあったので珍しく新刊書を新品で買って読んでみた。
四部構成のうち第一部・第二部は非常に良かった。
【以下、ネタバレ注意。いちおう白文字にはしておきます。】
まずは第一部「エイリークの娘フレイディーズのサガ」。史実では北米大陸の北東部に一時的に進出したに過ぎず、新大陸人との交流は限りなくゼロに等しく、その後の両大陸の歴史にほとんど影響を及ぼさなかった(とされている)ヴァイキングたちが、少人数とはいえ南に進出した結果、キューバ、マヤ、インカなど新大陸各地に「製鉄法」と「馬などの大型役畜」と「トール信仰」と「旧大陸の疫病への耐性」をもたらすというAlternate Historyである。単純にAlternate Historyものとして精緻で秀逸であり、またここで蒔かれた種がいかに発芽するか、弥が上にも期待感が高まった。
そして第二部「コロンブスの日誌(断片)」。第一部から約500年後。史実では数回の航海を(総合的に見れば)成功させ、ヨーロッパ人による南北アメリカ大陸征服の端緒を開いたコロンブスであるが、本書では鉄製武器と乗馬を持ち、病害にも強いキューバ人により、コロンブス一行は(善戦するも)撃滅される。彼らの到来はむしろ新大陸に火薬をもたらし、さらに強化するだけに終わる。そして、ただ一人生き残った老コロンブスから、一人の物好きな娘がカスティーリャ語を習得するという思わせぶりなところで第二部は終わる。この部もAlternate Historyものとして精緻で秀逸であり、期待していた以上の連鎖反応が描かれ、そして次の部への期待感も継続した。
そして第三部はさらに数十年後。コロンブス隊が生還しなかったので後続者たちも生じず、アメリカ大陸は侵略されていない。その影響か、史実では内戦で勝利を収めるアタワルパ皇帝は政権を失い、その一行は北に逃れ、キューバを経由し(当然大人になったあの娘が登場するわけだ)、さらには「伝説の東方の大陸」を目指した結果イベリア半島に到達する。折しも大地震の直後で麻のように乱れていたスペインを、言語その他の予備知識も備えていたこともあり、半ば成り行きとはいえ新大陸人が一挙に征服する様が描かれる。これはまさにコンキスタドーレスが新大陸の帝国を電撃的に征服した史実の裏返しであり、史実について判官びいき的感情を抱いていた読者にとっては絶好のカタルシス効果があり、痛快であった。第一部・第二部で張られた伏線が見事に活かされるのも快感である。
しかし、第三部前半(半ば偶発的なスペイン征服)までは許容範囲内だったが、後半で描かれる意図的なヨーロッパ全土征服は――宗教改革やイスラーム世界との対立やあれこれでヨーロッパ全土が麻のように乱れていたとは言っても――あまりにもご都合主義に感じられ、私には乗り切れなかった。
第四部「セルバンテスの冒険」はエピローグであり、第三部のさらに数十年後に時代を移し、ミゲル・ド・セルバンテスの苦難の放浪記を通じて「新大陸に征服されたヨーロッパ」を描いている。出来は悪くないが直前の第三部後半がよろしくないのであまり意味が無い。
【以上、白文字】
総合すると、秀逸な――少なくとも前半は秀逸な――Alternate History小説として読めた。しかし奇妙なのは本書が奇妙にも「これはSFではありません」という空気を発散しているように感じられ、東京創元社もSFとして扱うのを慎重に避けているように見えることである。何か奇妙だ。何なんだろう。少々不愉快だ。