かなり久しぶりに再読。ひょっとすると少年時代以来初めて読むかもしれない。
記憶していたより格段に面白い。ヴェルヌのSFの中ではパッとしない二流半の作品という根拠のないイメージを抱いていたが、かなりの秀作だ。まず、インド王妃の莫大な遺産をいきなり相続してしまった二人の対照的な教授が対照的な二つの計画都市を作る、という構想が良い。ストーリーもキャラクターも悪くない。ドイツとフランスの間の根深い憎悪も対岸の東洋人から見れば興味深い。
惜しむらくは構想が活かされ切っていないことだ。シュルツ博士の悪辣ぶりや近未来的技術はもっといくらでも書き込む余地はあったろうし、逆にサラザン博士の理想都市の理想ぶりも実にさらりとしか書かれていない。キャラクターも(特に主人公のマルセル、副主人公のオクターヴ、悪役のシュルツ博士については)もっと掘り下げれば掘り下げるほど作品の完成度は高まったと思う。結果、集英社文庫版の段組みで238ページという実にコンパクトな紙数に収まっている。ふだんのヴェルヌなら19世紀的な小説作法の結果その倍にはなっていてもおかしくないのだが、何か事情でもあったのだろうか。
あと、今回一つ些細な疑問を抱いたのだが、「シュルツ博士の遺産相続者としての正当性はサラザン博士に一枚劣る」というようなことが地の文に書かれていたのだが、どういうことだろう? サラザン博士はジャン・ジャック・ランジェヴォルの妹の唯一の曾孫、シュルツ博士はジャン・ジャック・ランジェヴォルの姉の唯一の孫。正当性は全く同等だと思えるのだが。
追記:問題の5億フラン余=2500万ポンド(1870年時点)とはいかほどの価値があるのか?
『ベルヌ名作全集』版の訳注によると(*1)「現在の1ポンドは864円」「現在の1フランは約73円」とある。すなわち昭和43年(1968年)時点の日本円にしてこの遺産が200億円~400億円に相当することが分かる。これを2020年代現在の日本円に直すには、
日本銀行のサイトによると約2倍~4倍を掛ければ良いので、
400億円~1600億円が結果になる。
うーむ。二等分しても個人資産としては莫大なのは確かだが、両博士がやったような大事業のための経費としては本当に充分なのだろうか?
比較のために『地球から月へ』を見てみよう。大砲クラブが186X年に全世界から集めた寄付金は約545万ドルであった。これは(
The Inflation Calculatorにより)現在の価値に直すと約1.1~1.3億ドル。つまり100億円~200億円くらいか。
よって『インド王妃の遺産』の金額は『地球から月へ』の金額の2倍~16倍程度と思われる。プロジェクトの規模を比較するに、何となく納得のいく数字が出た。それだけあれば経費として充分だろう。
*1 良心的な子供向けの本はこういう所が良いのだ。