著:パトリシア・ライトソン
訳:久米穣
あかね書房 少年少女世界SF文学全集 Vol.5
SF人生のかなり初期のころの愛読書の一つ。きわめて久しぶりに再読。
SF歴の最も初期には岩崎書店SFロマン文庫を中心にストレートなサイエンス・フィクションを読んできた私だが、次に取り掛かった少年少女世界SF文学全集には少々毛色の違う作品も含まれていた。本書もその一冊で、SFというよりは児童文学、ファンタジーの領域に足を深く踏み入れている。当時の私には意外にこれが斬新に感じたものである。また、当時の私の知的水準からするとSFロマン文庫も少年少女世界SF文学全集も少々難解な作品が少なくなかったのだが、本書はベストマッチであった。そういうわけで初めの1・2年間はしょっちゅう読み返していたように記憶している。
さて、幾星霜ぶりにじっくり読み返してみると、本書は今の私の目から見ても優良で好ましい児童文学である。またSFという言葉を――ハード・サイエンス・フィクション至上主義ではなく――ある程度広い意味で捉えるならば、本書はSFロマン文庫や少年少女世界SF文学全集のほかの収録作品の中で特に劣るものではない。むしろファンタジー寄り・文学寄りなSFへの架け橋として貴重なポジションを占めていると言える。
挿絵(*2)も素朴ながら味わいがあり、作品とよくマッチしている。「少女世界SF文学全集」の美点の一つは、作品の特性をよく検討した上で柔軟にイラストを選んでいるところで、本巻はその典型であろう。
そして小学生当時はあまり意識していなかったが(*1)、パトリシア・ライトソンは本全集中では唯一の女流作家である。女流らしい温かで細やかな作風は他の収録作品には見られない美点である。ただし同時に欠点も目に付くようになった。副主人公キャシーしかり主人公の母しかり、「知的で有能で独立心の強い女性キャラクター」が不要に過剰に登場するのは少々鼻に付くと感じてしまうのは私だけだろうか。
まあ、とにかく、総合的に見れば今日においても陳腐化の度合いが極めて少ない優良な児童文学SFファンタジーである。少年少女世界SF文学全集――「責任編集=白木茂・福島正実」なだけのことはある。その選定眼に感服するものである。
*1 「本には作者がいる」という意識が希薄だったのと、英語名の男性名と女性名の区別が付いていなかったので。
*2 画家の杉本一文という人物は、これまで同一人物だと気づいていなかったが角川文庫の金田一耕助シリーズなどのイラストレーションを手掛けたことで有名な画家のようだ。あちらが本来の画風なのだろうが、こういう素朴風な画風も使いこなせるとはさすがプロだ。
8/12追記:評論社の『星に叫ぶ岩ナルガン』と『ぼくはレース場の持ち主だ!』だけは存在を認知していたが、これを機に調べなおしてみたら他にも岩波書店から3冊、ハヤカワ文庫FTから3冊は邦訳が出ていることを知った。そのうち読んでみよう。
2024/5/21追記:『氷の覇者』と『星に叫ぶ岩ナルガン』を図書館で借りて来てみたが、全く面白くない。砂を嚙むような感触を我慢して数十ページ読み進めたが、登場人物にも主題にも全く興味が持てず、全く作品世界に入り込めない。いずれも挫折。
自分の知性や感受性を棚に上げて穿った見方(誤用)をするならば、これは「小説」ではなく、悪い意味での「文学」――文壇受けもしくは自己満足のための出来損ない――に過ぎないように思える。
良作『惑星からきた少年』は偶然の産物だったのか? いやまさかそんな事はあるまい。だとすると『惑星からきた少年』を書いた時に彼女が持っていた心持ちがその後完全に失われてしまったと考えざるを得ない。だとすれば実に残念なことだ。
ライトソンの良き空想小説をもっと読みたい……調べたところこの人には(いずれも未訳ではあるが)『惑星からきた少年』以前にも数編の小説があるようなので機会があれば読んでみたい。