【書誌情報】
・河出文庫
・水口志計夫訳
・2013年
【感想】
考えてみると、児童向けでないバージョンを読んだのは初めてかもしれない。
自分にとって『コンチキ号』と言えば、何をおいても偕成社文庫の『コンチキ号漂流記』で、少年時代には――いや成人してからも――何十回も読み返したものだ。
で、本書であるが、若干がっかりさせられた。原因は、一にも二にも訳文のまずさである。生硬で、活きが悪く、ぎくしゃくとした、直訳見え見えの文体がせっかくの名著の値打ちを半減している。と言うよりも、本書を読むことにより偕成社文庫版がいかに名訳であったかに気づいた。あれは実際、流れるようでいて力強さとユーモアに満ちていた(調べたら、神宮輝夫訳だったのか! どおりで)。
本書の良い点を挙げるならば、完訳であることだろうか。とは言っても偕成社文庫版でカット箇所はわずかであり(体感で1割未満)、本筋には影響がないところなのだが。
そして、そういう箇所の一つが逆に本作への幻滅を産んだ。ラロイア島(冒険家たちが行き着いた島)で、冒険家たちと原住民の対話が神学に及んだとき、「宣教師たちの仕事を覆すことを恐れ」たヘイエルダールが、ラロイア島原住民の祖先崇拝はキリスト教に内包されるものに過ぎないと言明した一節である。もうね、バカかと、アホかと。こいつら何様のつもりなのかと。大いに白けた。1・2ページやそこらの記述だが、本一冊全体を汚す汚点だと思う。もう私は二度と『コンチキ号』を素直に楽しめないだろう。
あと、ポリネシア人の起源がアジアであることは多数の科学的エヴィデンスから今日では限りなく確定に近い。ヘイエルダールの説は、当時なら「非主流」程度だったかもしれないが現在では「ナンセンス」に過ぎない。「冒険」の「古典」として出版するにしても、そこは訳注なり解説なりで明記すべきだろう。それを怠っているのも感心しない。