久しぶりに再読。
作品自体は記憶に違わぬ、いやそれ以上の傑作だ。しかし新訳の出来には首をひねらざるを得ない。普通のところは(
以前のエントリで述べたとおり)私程度の鑑識眼では旧訳と並べてみなければさしたる粗は目立たないのだが、軍事とか銃器とかに関するとこは目を覆わざるを得ない。例えば
①「魚雷に爆撃された(p.51)」
だの
②「これはピストルなんかじゃない。これはアメリカ製の連発銃(ルビ:リボルバー)だ。(p.228)」
だのという奇天烈な訳文が飛び出してくる。
①良い子のために解説しておくと「爆撃」は、空中からの爆弾による攻撃を指し、水中・水上における魚雷による攻撃を指さない。そのため「雷撃された」か「被雷した」か、あるいは勿体ぶらずに「やられた」とでも表現すればよろしい。(はっきりとは覚えていないが旧訳でもどれかの表現を取っていたはず。あるいは別の表現だったかもしれないが違和感のある表現はしていなかったことは確かだ。)
これではグンヴァルド・ラーソンが低能であるかのような誤った印象を読者に与えてしまう。
②リボルバーもピストルの一種なので、「これはピストルではなくリボルバーだ」という文は「これは丼ものではなくカツ丼だ」と同形であり、筋が通らない。これではコルベリが低能であるかのような誤った印象を読者に与えてしまう。
とてもプロ翻訳家がまともな出版社から刊行できるレベルの翻訳ではない。いやはや、この自称翻訳家の仕事ぶりも大したものだが、天下の角川書店の編集者の仕事ぶりも全く大したものだ。
買わずに図書館で借りて正解だった。金を出す価値はない。
この新訳企画――せっかくの傑作を汚す愚行――が途中で潰えた理由が今度こそ良く分かった。そして、そうなって良かったと心底思う。つい2冊も読んでしまったが、もう2度と、1冊たりとも読むものか。
なお、「そんなミスは物語の本筋に関係ない些末な点だ。これだからオタクは気持ちが悪いんだ」のような反論があるかもしれないが、それも誤りだ。警察小説において火器に関する極度の無知は許容できない。特に、本巻のように銃による大量殺人が主題の作品であればなおさらである。また、私は銃器マニアでも兵器マニアでもない。その方面については常識レベルの知識しかない。その範囲内ですら明らかに異常を検知したので糾弾しているものである。
猛省を促したい。