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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ヴェルヌ『少年船長の冒険』レビュー・感想

原題:Un capitaine de quinze ans (1878)
翻訳:土井寛之・荒川浩充
出版社:グーテンベルク21
出版年:2007年1月25日
※明記はされていないが、訳者が共通していることから(また、昔読んだ記憶と矛盾がないことから)角川文庫版のリプリントだと思われる。

【経緯】
最近ジュール・ヴェルヌ熱がやや再燃しているのと、訳あって過去数日で数時間機内モードにならざるを得なかったので数年前に買ったKindle本を読むくらいしかやることがなく、久しぶりに再読した。

【作品紹介】
ヴェルヌ中期の冒険小説。狭義のSFではないが題名のとおり訳あって15歳の少年が一時的に外洋航行船を指揮したり、委細あって船の行き先が○○でなく××になったりするあたりがただの普通小説ではなくヴェルヌ流小説だと言える(『八十日間世界一周』や『グラント船長の子供たち』のような)。また、アフリカ大陸内陸の風土(特に奴隷貿易)というテーマも興味深い。

【梗概】
現代。アメリカの捕鯨船ピルグリム号はオーナーの夫人と幼い息子、そして親類のアマチュア昆虫学者を乗せ、ニュージーランドからアメリカへと向かっていた。難破船から自由黒人数名を救助した他は特に何もない航海だったが、たまたま遭遇したナガスクジラを過少な人数で狩ろうとした結果、本職の乗組員は全員死亡してしまう。
〔以下、ネタバレ回避のため白文字〕
意識の高い少年水夫ディック・サンドが黒人たちを指揮してアメリカに向かうが、生憎の悪天候と、腹黒い料理番ネゴロの細工により船はアフリカに漂着してしまう。その土地を南米だと誤解したままの一行は、ネゴロと結託した男ハリスに騙されて内陸に連れ込まれ、奴隷商人に捕獲されてしまう。ネゴロとハリスはアフリカ内陸を拠点とする奴隷商人の一味だったのである。
自由黒人のうちの一人、怪力男ハーキュリーズの機転もあって一行の主要メンバーは脱出に成功する。彼らは引き続き大西洋岸への長い逃避行に臨む。途中ネゴロに落とし前を付ける一幕を経て、知恵と勇気と粘りが物を言った結果一行は遂に文明国への生還を果たすのだった。
〔以上、ネタバレ回避のため白文字〕

【感想】
テーマ、コンセプトは良い。プロットも悪くない。勇敢な主人公、献身的な従者、滑稽だが愛すべきイディオ・サヴァン的学者、バレバレの悪役、…と言ったヴェルヌらしい登場人物配置も安心できる。

しかしトップクラスの作品群と比べれば何か(文学性? 深み? 厚み? 熱意?)が足りず、やや薄味な仕上がりになっている。例えば個々の登場人物に魅力がない。怪力を生かして大活躍するハーキュリーズがパスパルトゥー、コンセーユ、ハンスのような魅力を放っているかと問われれば明らかに否だし、主人公ディック少年はハーバート少年やロバート少年と比べれば案山子のようで全く感情移入できない。そういう所にも力を入れて仕上げてもらえば大化けしたと思うのだが残念だ。総合的に見れば「水準作」だろうか。

【邦訳】
私の知る限りだと岩崎書店の《ジュール・ベルヌ冒険全集》から『十五才の冒険船長』(塚原亮一訳)が出ている(この巻は読んでいないが、この全集の傾向からして児童向け抄訳だと思われる)くらいで、異訳は少ない。

角川文庫版/グーテンベルク21版は訳者あとがきによると「記述のやや冗長と思われた個所は若干削除したことをおことわりいたします。」ということで、基本的には完訳のようである。原文と見比べたわけではないが(見比べる能力もほぼないが)訳文には違和感なし。これが電子化され、安価にいつでもどこでも誰でも入手できるようになったのは大変ありがたい。
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