トム・ソーヤーの探偵 Tom Sawyer, Detective (1896)
トム・ソーヤーの探検 Tom Sawyer Abroad (1894)
訳 大久保康夫
新潮文庫 昭和30年初版 平成6年復刊
『トム・ソーヤーの探検』を読むために購入した。最近"Tom Sawyer Abroad (1894)"の存在を知り、国会図書館デジタルコレクションで古い抄訳は閲覧可能ではあるようだがどうせなら完訳を読むべきだと考えたからである。『トム・ソーヤーの探偵』の方は以前《青い鳥文庫》の児童向け訳を読んだことがあるのでついでに読んだ。
●トム・ソーヤーの探偵
悪くない。トム・ソーヤー&ハックルベリー・フィンものとしても、初期の犯罪小説としても、水準以上の出来と言える。トウェインの作品の中ではテーマ性が薄いがたまにはこういうのも良いのではないだろうか。作者も結構楽しんで書いている気配が窺える。
●トム・ソーヤーの探検
期待を裏切らない怪作だった。
まず空想科学小説として意義深い。無学な少年ハック・フィンの一人称であるため構造や原理が明確ではないが、操縦可能な飛行機械によるアメリカ=アフリカ間の飛行が描かれている。作中で飛行機械は一貫して「気球」(原文では"baloon")と呼ばれているが、これは飛行する装置について話者ハックがそれ以外の表現を知らなかっただけで、本当は重航空機であるかもしれない。「気球」は次のように描写されている。
問題の気球は十三丁目の角の空地につながれていたが、すばらしく大きなもので、翼のようなものや、しっぽのようなものや、わけのわからないいろいろなものがついていて、絵などで見ていたものとはまるで形が違っている。(p137)
博士が立っているのは、ボートみたいなものの中で、かなりの広さがある。そして内側に戸棚のようなものがあって、いろいろなものを入れることができ、その上で寝られるようになっている。(p138)
そして明らかに誤った北アフリカの描写(なぜ虎が生息しているのか?)やトム、ハック、ジムのトンチキな議論(題材は十字軍、アラビアン・ナイト、関税、聖書の古跡、…等々)を交えた空中珍道中を経て物語はエジプトで唐突に終わる。
確かに本作が文学史において無視されているのは当然だ。さすがの深読み屋どもも本作から何か表面的でないものを読み取るのは至難の業であるがゆえに彼らも本作を本能的に避けたのであろう。おそらく本作には何らの文学的意図もない。トウェインもたまには肩の力を抜いてセルフパロディの空想小説が書きたかったというのが単純な真実ではなかろうか。随分とエンジョイして書いている気配が窺える。
久しぶりに斬新な読書ができた。新潮社の英断にエールを送りたい。