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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

アンドレ・ノートン『銀河の果ての惑星』感想

好きな作品。久しぶりに再読(*1)。

「遠未来、銀河帝国の崩壊寸前の時代。《星間パトロール》の存在を疎む権力者が、彼らを厄介払いするため、まだ航行可能であった数隻の宇宙船に無茶な指令を下す。『長年に渡り忘れられていた銀河辺境の隅々を探索し、宇宙図を更新せよ』と。これは奸計に陥り宇宙の果てに旅立った勇敢な船うちの一隻、スターファイアー号の物語である――」

古代ローマの逸話(*2)になぞらえたこの出だしが実に良く、読者は一挙に作品世界に引きずり込まれることだろう。

『世界最悪の旅』あるいは第二次大戦の枢軸側戦記もののごとく、耐乏と悪条件が終始彼らを襲うのも実に感情移入効果を高める。主人公を《正規乗務員》でなく《レンジャー》のカーター軍曹にしたのも大正解で、読者はしゃちほこばった乗務員より自然と調和したレンジャーたちに肩入れして作品世界に没入することになる。

言わば本作は「派手で金ぴかで清潔で《科学的》なE・E・スミス式のスペース・オペラ」に対するアンチテーゼである。(光があるからこそ影があるという事実は認めるが)日本人の感性にはむしろこっちの方向性が合っているように思える。考えてみるとノートン作品で私が好きな《太陽の女王号》シリーズ(*3)も『猫と狐と洗い熊』(*4)も《キャデラック・マッスル》的価値観へのアンチテーゼ性を強く感じさせる点で共通している。

イラストは斎藤和明。初期のハヤカワ文庫SFにはしばしば見られた画家で、実はこの人の絵はあまり好きではないものが多いのだが、本書のイラストは例外的で、悪くない。他の書籍では見られない版画風の独特の絵柄を使用しており、作品の雰囲気ともなかなか良く適合している。

とにかく、良い読書ができた。良書は何度読んでも、むしろ何度でも読めば読むほど良いものだ。


*1 と言うよりむしろアンドレ・ノートンを読むのが久しぶりだと気づいた。十指には入るくらいに好きな作家なのだが。彼女の骨太な、地に足が付いた、良い意味でアメリカ的な冒険SFは他に類を見ない。早川・創元ともに一時期はけっこう翻訳を出していたものだが、いつの間にか途切れてしまった。ノートンはかなりの多作家らしいので私としてはもっといくらでも翻訳して欲しいのだが、早川・創元は日本の市場がそれを求めていないと判断したのだろうか。少なくとも《太陽の女王号》シリーズは3巻中2巻で止めずに、責任をもって完遂して欲しい。(*5)

さて、思うに日本のSF界におけるノートン離れは出版社やエヴァンジェリストたちの無能や怠慢に原因があるのではないか。本書、《太陽の女王号》シリーズ、『猫と狐と洗い熊』は素晴らしいが、《魔法の世界エスカトープ》シリーズ、《ゼロ・ストーン》シリーズ、《ビースト・マスター》シリーズ、《タイム・エージェント》シリーズ等はいずれも大して面白くない作品をわざわざ選んだ上に売り方も下手だったように思える。「これこれという面白い未訳作品がある」みたいな布教もまったく聞いた覚えがない。

何とかアンドレ・ノートン再評価の流れが来ないものだろうか。

*2 本当にそういう逸話があるのか、ノートンの創作なのかは不明。

*3 愚かで傲慢な大貿易会社《インター》と主人公ら不定期貨物船の男たちが対比される

*4 愚かで傲慢な都会人と主人公(動物と心を通わせられる)が対比される。

*5 今ISFDBを見たら全7巻らしい。
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