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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

エリック・フランク・ラッセル『わたしは“無”』感想

  • 創元推理文庫SFマーク
  • 伊藤哲訳
  • 1975年


SFの個人短編集としては、わたしにとってオールタイム・ベストの一つ。もう何十回読んだか分からないほどだが、定期的に読みたくなって再読。


序文でラッセルは本書の主旨を次のように語っている。

SF小説の最もよいところと、その主な魅力は、プロットがすぐれているかどうかできまってくるという点である。このことが裏目に出て、プロット優先のあまり、登場人物の性格がお座なりになることもしばしばある。ここには主要登場人物の性格がプロットに優先する小説を二、三おさめた。
大体においてSF小説では思想やモラルを伝える必要はなく、当然そのことからこのようなケースはほとんどない。だが少々無鉄砲かもしれないが、わたしはあえてそのような小説をここに取り上げることにした。(p7「序文」より)

そのような二・三の小説とは『どこかで声が……』、『ディア・デビル』、『わたしは“無”』のことであろう。センチメンタルさを冷笑されるかもしれないが、私はこの三作(別のアンソロジーも含めて良いなら『証人』も)を愛している。


私の乏しい表現力では、これらの作品の素晴らしさについては千万言を費やしてもうまく表現できないことは分かり切っている。なので「人間(火星人、プロキュオン人を含む)は素晴らしい」「善なる心は素晴らしい」とだけ言わせていただこう。


ほかの収録作品だとスリラー『忘却の椅子』、寂寥感あふれる『U-ターン』も悪くない。


エリック・フランク・ラッセル。ユーモアものは超一流だし(『宇宙のウィリーズ』)、スリラー・アクションものも秀逸(『自動洗脳装置』『金星の尖兵』)。そして本書のようなSF「小説」。初期の早川と創元で奪い合いになっていたのも当然のことと言える。近年では辛うじて『超生命ヴァイトン』が古典として扱われるのを除けば全く顧みられていないのが理解に苦しむ……

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