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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ジャック・ロンドン『ジャック・ロンドン大予言』感想

・辻井栄滋訳
・晶文社、1983年
・日本オリジナル短編集

ジャック・ロンドンと言えば私にとっては文豪というより『赤死病』、『鉄の踵』、『影と閃光』、『星を駆ける者』……の作者、すなわち初期SF作家の一人である。しかしそのSF作品の日本への紹介は極めて限定的・断片的に留まっているという認識であった。それが最近、ロンドンのSF的作品を集めた短編集があると知って、まさに自分が求めていたものだったため読んでみた。

『強者の力』…“石器時代もの”の形を借りて書かれた、きわめて分かりやすい社会風刺小説。シンプル・イズ・ザ・ベストとはこのことだ。そして、それゆえに強調されるテーマの重さよ。21世紀の現代で駄目なんだから、今後永久に無理なんだろうなぁ……

『ミダスの手先』……舞台は現代。陰謀団“ミダスの手先”が大富豪たちに勝利を収める。珍しく被支配者側に軍配が上がる話だが、どうも説得力に欠けるのが残念だ。

『スロットの南側』……これも現代もの。学術研究のために労働者階級に扮して“スロット”の南側に潜入した若き社会学者。目的は果たせたが、彼の中では“もう一人の自分”が大きくなってゆき――。狭義のSFではないが、文学としての出来はたぶん良いのだろう。

『ゴリア』……この短編集ではこれが一番良かった。超技術を持つ善意の秘密結社が、脅迫と最小限の実力行使で既存の悪しき社会を変革する。不正と非効率を無くすだけで労働時間が半減してさらに王道楽土が近づくという好循環の描かれ方も興味深い。SFとしての出来も本作が一番良い。

『デブスの夢』……現代アメリカの大都市を舞台に、徹底的なストライキが行われた場合のシミュレーション。小説としても思考実験としても特に面白いわけではないが、モチーフの一部に『赤死病』と通じるものを感じさせるのは興味深い。ちなみにデブスとはアメリカの社会主義者ユージーン・V・デブス(1855 – 1926)のことらしい。

『全世界の敵』……言わば裏返しの『ゴリア』。悪意に囚われた天才科学者がたった一人で全世界を震撼させる。そう表現すると後世のパルプSFに掃いて捨てるほどあるマッド・サイエンティストものに過ぎないが、深みがある。

『比類なき侵略』……中国の世界侵略 VS 世界。2020年代の現代だと実に迫真性を感じる。

『奇異なる断章』……アメリカ人って本当に未来社会の奴隷を描くのがうまいな。一番最近まで奴隷を使ってた国民性なんだろうか。

『背信者』……児童労働を扱った現代もの。

総評としては、かなり読み応えがあった。また本書なしでは一生読む機会がなかったであろう珍しい作品を日本語で読めたのも良かった。

やはりジャック・ロンドンは独特の鋭さと迫力が卓越している。それが活かされる場所は“動物もの”や“アラスカもの”でももちろん悪くはないんだけれど、SF者としてはそれとセンス・オブ・ワンダーが結びついたSFこそ最高のものであり最も読みたいものなのだ。誰かもっと翻訳してくれないだろうか……

追記:『ジャック・ロンドン大予言』なる若干ずれた書名と、70年代~80年代のクイズの本みたいな表紙絵は当時のいわゆる“大予言”ブームに乗っかる意図なのだろうか。晶文社ともあろうものが、なおかつ内容が優れているのに嘆かわしい。
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