図書館でたまたま“ヤング・アダルト”(*1)の棚の前を通りかかったら、ピンと来るものがあったので読むに至った。
正統派のヤング・アダルト小説であり、超自然要素の少ない質実剛健なハイ・ファンタジーであり、なかなかの良作だった。
まず主人公像が良い。小領主の息子だが次男坊で、順当に行けば一生うだつが上がらない。容姿端麗な両親・兄弟とは一人だけ違って異様な風貌。独特の才能の片鱗が見えるが、活かす機会がない。良き意図と優れた洞察に基づく言動は、頑迷で愚鈍な周囲の人々には認められないどころかむしろ悪意に取られる。何をやってもうまく行かず、苛立ちだけが募る日々……そう書いてしまうとヤング・アダルト小説における悩める主人公像のステレオタイプに過ぎないが、丁寧に積み重ねられた描写が説得力を産み、感情移入を産む。
空想小説としてもなかなか読ませる。北欧風の世界。牧歌的な生活。当初はファンタジー性があまりに薄くて退屈を覚えるかもしれない。しかし徐々に違和感が浮かび上がってくる。なぜ人々は「谷」から出ないのか? なぜ「谷」の外からやって来る者がいないのか? 「谷」の外は一体どうなっているのか? 伝説の人食い怪物「トロー」が関係しているのか? 「トロ―」は実在するのか? これらの疑問が生じてくる中盤・後半は実に読みごたえがある。SF者の感覚からするとあまりにも多くの謎が残ったまま終わってしまうのが難点だが、これは本作が狭義のファンタジーである点と、なおかつ物語の構成上やむを得ないことが理解できる。
しかしながらもう一つ難点を(どうしても挙げざるを得ないので)挙げると、ヒロインの行動原理に説得力が足りないのが残念だ。周囲の凡庸さや、先の見える、レールを敷かれた人生に退屈しているという意味では主人公とよく似た人物だが、彼女が主人公ハリ少年と決定的に違うのは既存の枠組みの中でもうまくやっていける二面性と器用さを持ち合わせていることだ。そんなヒロインがレールを積極的に外れようとする動機が私には腑に落ちなかった。さほど主人公に惚れてるようにも見えないし……
とは言え総合的に見るとかなりの良作だった。こういう、志のある作品を書く作家が現代にもいることが分かって嬉しい。
*1 いまいち好きになれないターム。そもそも二・三十年時代遅れな死語である気がする。にも関わらず田舎の図書館などではいまだにこのようにラベリングしていたりするのだ。