ジャック・ヴァンスは十指には入る好きな作家なのだが、実は《魔王子》シリーズはそれほど好きではなく、学生時代に二・三度読んだきりだった(シリーズものであれば圧倒的に《冒険の惑星》派なのである)。
それが何年ぶり(何十年ぶり?)のある日、急に読みたい衝動が湧いてきたことから、急遽入手して再読してみたものである。
さしあたり1巻の『復讐の序章』と2巻の『殺戮機械』を精読。いやあ、実に面白い。記憶していたより格段に面白い。
若いころは本シリーズの悪いところばかりが目に付いてしまい、作品に入り込めていなかったことが分かった。悪いところ――と言うより当時悪いと思ったところ――とは、シリーズ全体に漂う華美さ……耽美さ……都会的お洒落さ……いや、そうだ、2巻の後書きから言葉を借りると「デカダンス」的であるところである。当時の心境としては質実剛健でストレートな《冒険の惑星》シリーズこそジャック・ヴァンスの真髄だと思っていたのだが、今にして思うとデカダンス的なアトモスフィアもまたヴァンスの多様な側面の一つである。例えば『大いなる惑星』にも、《切れ者キューゲル》にも、いや《冒険の惑星》にすらちらほらとその空気は漂っているのだ。
萩尾望都のカバーアートも当時は全く受け容れられなかったものだが、今にして思うとそれはそれで一つの(抽象画的な)アートだと捉えれば、まあそこまで毛嫌いするものではない。
それらの色眼鏡を外して読むと、今度は良いところばかりが目に付いてくるわけである。また、適度に期間が空いているため(前回以前はさほどまじめに読んでいなかったこともあり)、適度に内容を忘れていたためなおさら楽しく読むことができた。
『復讐の序章』はこれからの復讐譚のパイロット版とでも言おうか、手堅くまとまっており安心して読める。また、この作中世界への案内書としても秀逸であり、否が応でも今後の巻への期待感を高める効果を発揮している。
『殺戮機械』は、まさに脂が乗り切った傑作。《交換所》(このアイディアがそもそも秀逸の極みだ)との知恵比べ、そして満を持しての《殺戮機械》ココル・ヘックスとの勝負には息を呑まざるを得ない。
続きも近日中に順次読んでいきたい。
追記:今度はファン的観点から新たな不満が生じた。それは邦題である。『殺戮機械』は良いが、『復讐の序章』はあまりにも投げ槍というか情報が無さすぎ(復讐をテーマにしたシリーズの1巻目には必ず当てはまってしまう)というか、作品の意図を汲めていないように感じる。原題"Star King"は確かに逐語訳も意訳もし難いだろうし、おそらくはハミルトンの有名な二部作との混同を避ける思惑もあって、全くのゼロベースで邦題を付けたのは賛同できる。しかし『復讐の序章』はセンスゼロと言わざるを得ない。