A・E・ヴァン・ヴォークト。間違いなく黄金時代前期の立役者の一人であり、私個人の好みから言っても「最高のSF作家」の候補の一人、あるいは「五本の指に入るSF作家」の一人である。長編だと『スラン』、『宇宙船ビーグル号』、『武器製造業者』、短編集だと『終点:大宇宙!』あたりはオールタイム・ベスト級の大傑作だと認識している。
そういうわけで邦訳書は全てを読んでおり(大半は所有もしており)、全てを把握しているつもりだったのだが、本書を再読してみたところ、少なくとも本書についてはこれまでのSF人生で全く読み込みが不足していたことに気付いた。地味な、安牌がそろった短編集くらいの認識だったのだが大間違いで、『終点:大宇宙!』に迫る秀作ぞろいである。目が節穴だった。本書を再読することにより、改めてA・E・ヴァン・ヴォークトの素晴らしさとSF黄金時代の素晴らしさを思い知った。また、ヴァン・ヴォークトにはやはり沼澤洽治の翻訳がベストマッチだと改めて思い知った。このリズム、この言語感覚はこの訳者以外では出せない。
『偉大なエンジン』:ヴァン・ヴォークトの得意とする類型の一つ、スリラー仕立ての秀作。実にヴァン・ヴォークト性がある。長編版の『月のネアンデルタール人』にはどうしてもちぐはぐ感とピンボケ感を感じてしまうのだが、原作たる本作にはそのような欠点は感じられない(これに限らないがヴァン・ヴォークトの短編・中編の再利用長編は総じて今ひとつだ。なぜこの人は晩節を汚してしまったのか……)。
『偉大な裁判官』:長きに渡って一人の「不老の男」の独裁下にある未来世界。画期的発明を成し遂げた科学者(主人公)は、その功績にも関わらず少々口を滑らせただけで死刑を宣告されてしまうが、機知と度胸と発明で逆境からの大逆転を果たす。これもまたヴァン・ヴォークトの得意とするスリラー仕立てかつ超人テーマの秀作と言える。むしろ本作こそ充分に長編として成立しうるポテンシャルを感じるのだが……(しかしそうなっていたら結局がっかりしていた可能性が高いからこれはこれで良かったのだろう)。
『永遠の秘密』:ナチス・ドイツの大発明を扱った歴史秘話もの。これも秀逸。
『平和樹』:宇宙から飛来した「平和樹」が全地球に否応なく「平和」をもたらす。まあまあの水準作。スリラー=超人アクション=ワイドスクリーン・バロックばかりだと疲れてしまうので、一つくらい全然毛色が違う地味な作品が入ってるのも悪くない。
『第二の解決法』:あまり日本の出版界では名言されることがない気がするシリーズである「ラル」シリーズ(*1)の一つらしい。これだけを読む分には比較的平凡な怪物ものとしか思えないが、シリーズ全体を読めばまた違ってくるかもしれない。
『フィルム・ライブラリー』:映画フィルム貸し出し業者の在庫に混ざりこんだ謎のフィルム。その正体は――。少なくとも前半についてはT・H・シャーレッドの『努力』と双璧を成す「フィルムもの」の傑作と言えるだろう。SF特有のセンス・オブ・ワンダーとスリラー特有のワンダーの相乗効果が心地よい。しかし後半が失速気味に感じられるのが残念だ。
『避難所』:典型的なヴァン・ヴォークト流の超人アクション。侵略ものと吸血鬼ものも複合した、言わば欲張りセットである。魅力的な点は多い。例えばヒロインは実にいい。しかしどうしても天才型作家にありがちなアンバランスさが拭えないように思える。複数のアンソロジーに収録されており国内外のいずれでも評判は抜群のようだが、個人的にはそこまで乗り切れなかった。
*1 調べてみると、『終点:大宇宙』に収録されている『音』も同じシリーズの一部らしい。はて。全く共通項が見いだせないのだが、自分が覚えていない(あるいは読んでいない)作品がつなぎになっているのだろうか?