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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

スナフキンとは何者なのか?

「ムーミン」シリーズの主要登場人物の一人、スナフキンの素性について、インターネット上には2つの相矛盾する言説が流布している。
言説1.スナフキンの種族は「ムムリク」族である。ただし正確に言えばその母親がミムラ族であることは確定しているので、混血である。
言説2.スナフキン(Snufkin)のスウェーデン語原語はスヌスムムリク(Snusmumrik)。「スヌス」が「嗅ぎ煙草」、「ムムリク」が「あいつ」とか「野郎」くらいの意味である。つまりこの名前は説明的な呼び名(修飾語+一般名詞)に過ぎず、「ムムリク」部分は種族名ではない。
検討して行こう。私は長年言説1を信じていた。根拠は資料1でスナフキンが初登場した場面での記述である。引用していこう。
ハーモニカの音がやんで、テントからは、一ぴきのムムリクがあらわれました。みどり色の古ぼけたぼうしをかぶって、パイプをくわえています。
(中略)
「ふうん、そうかい。ぼくはスナフキンというんだ。」と、そのムムリクは答えました。(資料1 p51-p52)
疑う余地は無いように思える。しかし最近、資料2でスナフキンの項を読んでいたら言説2にも充分に理があることが分かった。引用してみよう。
スナフキンの原語は、「かぎタバコ」に、友だちとしての親しみをこめた「あいつ、野郎」という意味が続き、直訳は「かぎタバコ野郎」。この英訳名がSnafkin(原文ママ)で、邦訳の「スナフキン」は、これを採用している。(p39)
なお、この後5ページほど記述が続くが、種族については言及がない。

スウェーデン語は全く分からないので語学的な判断を自分ではできないが、ムーミンシリーズを出している講談社の刊行物であれば信憑性は高いと考えても良いだろう。また監修者の渡部翠という人物は巻末によると「元ヘルシンキ大学講師、フィンランド児童文学翻訳家」とあり、素人では無さそうだ(スウェーデンじゃなくてフィンランドというのが若干引っかからないこともないが…)。

さて、冷静に考えてみると言説1と言説2は相容れないが、資料1と資料2は必ずしも矛盾しないことに気づいた。つまり
・「ムムリク」は種族名であり、またその由来はスウェーデン語で「友だちとしての親しみをこめた『あいつ、野郎』」を意味する語である。
と考えれば良い。この考え方には根拠がある。それは(資料2によると)例えば「ヘムル」なら
hemulとは「正当性」という法律用語(p91)
あるいは「スノーク」なら
この原語は、指図や命令をし、いばったり、うぬぼれたりする人という意味の語である。(p49)
というような解説がなされているとおり、ムーミン世界の種族名はただの固有名詞ではなくスウェーデン語の一般名詞が転用されたものが少なくないらしいからである。

よって、結論としては
1.スナフキンの種族は「ムムリク」族である。ただし正確に言えばその母親がミムラ族であることは確定しているので、混血である。(言説1と同じ)
2.「ムムリク」の由来はスウェーデン語の一般名詞で「友だちとしての親しみをこめた『あいつ、野郎』」を意味する語である。(言説2から後半を削ったもの)
3.「スナフキン」の原語の「スヌスムムリク」は「嗅ぎ煙草好きのムムリク」くらいの意味ではないだろうか。つまり「ムーミンパパ」や「切手収集家のヘムレンさん」や「スノークのお嬢さん」みたいなもので、「トーベ」や「ラルス」のような本当の固有名詞ではない。しかし逆に「嗅ぎ煙草好きの男」のような「ただの修飾語+ただの一般名詞」でもない。


追記。スウェーデン語版WikipediaのSnusmumrikenをDeepLで読んだところ、誤訳でなければ
・彼の種族はムムリク(とミムラの混血)である。
・ムムリクという種族はこの作品世界ではマイナーではあるが、『小さなトロールと大きな洪水』にも言及がある。
とある。オンラインフリー百科事典の信頼性と機械翻訳の信頼性を盲信するわけではないが、とても平仄が合う記述だ。後日、久しぶりに『洪水』も読み返してみよう。


追記2。『洪水』を再読してみたが、ムムリクのムの字も出てこない。Wikipediaスウェーデン語版が間違っているか、DeepLが間違っているか、前提とされている底本が異なっているか、翻訳の都合または間違いなのか。うーむ、やはりこの問題を本当に論じるためにはスウェーデン語を習得して原典を精読するしかないようだ。しかし遺憾ながらそれだけの才能も熱意も時間もないので、この問題は差し当たりここまでとしよう。

なおついでに『ムーミン童話の百科事典』、『ムーミン谷への旅』、『ムーミン谷のすべて』も図書館で読んできたのだが、特に新たな知見は得られなかった。


資料1『ムーミン谷の彗星』下村隆一訳 講談社 ムーミン童話全集① 1990年
資料2『ムーミン童話の仲間事典』渡部翠監修 講談社 2005年
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