蔵書より。久しぶりに再読。角川文庫(*1)の珍しいフランス語圏SFである。
最終戦争後、荒廃した地球。西ヨーロッパのどこか(おそらくフランス)。生き残った人々は人類の愚かさに見切りを付け、巨大電子頭脳〈ユエ〉を建設し、自らその統治下に入った。そして数世代(数十世代?)後。当初は公平な善政を敷いていたと言えなくもない〈ユエ〉はいつしか冷酷で不条理、そして無能な圧制者と化し、人々は苦しんでいた――
王道を行くディストピアものである。ディストピアSFの少年向けチュートリアルとして優れているし、フランスSF独特の空気感も良い。クリス少年とベール青年の兄弟、父親のアルノ氏、そしてトリックスターのコーク氏と言った登場人物たちのキャラクターもしっかりしており、小説として群像劇として読みごたえがある。
そして、(読者の楽しみを削がないように詳細は差し控えるが)人々が自己家畜化的なディストピアからの脱却を遂げる結末は、実に好ましい(*2)。
SFとしてはっきりした新規性があるわけではないが、実に考えさせられる作品である。大量消費社会の是非(プロローグにて最終戦争の遠因だと匂わされている)、科学文明の是非、そして自由の価値。たぶん自分がこれを最初に読んだのは大学生以降(おそらく成人以降)であったが、今にして思うとこれはぜひ現役(少年)時代に読んでおきたかった。
1970年代の作品であり、作中の最終戦争は2020年の出来事であるが、それを過ぎてしまった現在でも陳腐化しているようには感じられない。SFの根源的なテーマを正面から、充分な技巧をもって扱った結果であろう。
*1 「角川文庫SFジュブナイル」だと思っていたのだが違ったようだ。現物のどこをみても「SFジュブナイル」とは書いていないし、装丁も真っ赤でなく淡色である。「SFマーク(ロケットマーク)」と言うべきだろうか。手持ちの現物は初版なので、昭和62年の時点で角川文庫はマーク分類に移行していたようだ。そう言えばそういうシステムだった時期もあったな。あれはあれで好きだったのだが(おそらく創元推理文庫のそれを真似たと思われるこのシステムだが、運用期間はごく短かった。今手近にあった角川文庫だと、平成7年の『笑う警官』第34刷はもうマーク分類ではなくなり、背表紙は淡色系ではなく白地に赤帯になっている)。
*2 ただし若い読者に注意を促したいのだが、〈町〉の生活が最低だからといって〈名前のない人々〉の生活が完全無欠だと軽々に決めつけるような早とちりを犯さないで欲しいのだ。
安易に極端から極端に走るのは人類の悪い本能だ。そもそも〈ユエ〉が圧政を敷く〈町〉が生み出されたのも野放図な消費社会に反省した人々が極端から極端に走った結果と言える。そのまたアンチテーゼである〈名前のない人々〉の生活に焦って飛びつくのは更なる間違いとなる危険性がある。「飾らぬ、自然のままの生活」、「規則づくではない、善意と良識に基づいた平等な社会」、「科学技術に依存する愚は犯さないが排斥することもないバランス感覚」……確かに作中で描かれた範囲内では良いことづくめに見えるが、どこに落とし穴があるかはまだ分からない。だから「考える」ことを放棄しないで欲しいのだ。常に。