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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

SFロマン文庫を語る 第11回

SFロマン文庫第11巻、ハインラインの『宇宙怪獣ラモックス』を紹介します。レビュアーにとっては、最初に読んだSF小説であり、思い出深い一冊です。

【ビブリオグラフィ > 基本データ】
巻号:11
題名:宇宙怪獣ラモックス
原書:The Star Beast (1954)
著者:R・A・ハインライン (R. A. Heinlein)
訳者:福島正実
イラストレーター:依光隆
対象年齢:小学校中学年~中学校前半程度(※レビュアーによる見解)
 
【レビュアーによる評点 (S, A, B, C, D) 】
SF的着想の良さ:A
小説としての良さ:S
総合評価:A+
 
【梗概】
人類が恒星間時代に入ってから数世代後。人類は無数の異星人と接触し、対等の関係を築いていた。
主人公はアメリカの片田舎に暮らす少年、ジョン・トーマス・スチュアート。彼の家には体重6トンのペット「ラモックス」がいた。曽祖父が人類最初の超光速航宙から持ち帰ったものが、飼い主よりも長生きして代々受け継がれて来たのである。ラモックスは人語を解し、不死身で、動物・植物・鉱物……何でも食べる超生物である。
 
ある日、腹を空かせたラモックスが禁を破ってスチュアート家の敷地を抜け出すところから物語は始まる。隣家の庭を荒らしたまではまだ良かったが、街に出たラモックスは大混乱を引き起こしてしまう。
(※ネタばれ回避のため、以下白文字)
警察署長はラモックスを殺処分にしようと画策する。博物館はラモックスを買い取ろうと画策する。母親は博物館の金に目が眩む。
主人公は大人たちと決裂し、廃鉱山にラモックスを隠すべく家出する。ガールフレンドの“策士”ベティ・ソーレンセンも合流する。
 
一方、偶然にも、地球政府は前代未聞の外交危機を迎えていた。これまでの経験では類を見ない格上の超種族フロッシー星人が、接触してくるや否や、自分たちの幼体を返すよう最後通告を送って来たのだ(彼らの科学力は地球人を一瞬で絶滅させることも容易なのである)。地球政府にとっては寝耳に水である。必死に調査したところどうやらアメリカの片田舎で飼われていたラモックスなる巨大ペットが問題の「みにくいアヒルの子」らしい。
地球政府は間一髪でラモックスを保護し、人類の危機は回避される。ラモックスはフロッシー星へ帰る。ベティの工作によってジョン・トーマスはフロッシー星への大使に任命される。二人は一緒に宇宙に旅立つのだった。
(※ネタばれ回避のため、以上白文字)
 
【感想・評価】
叢書中で屈指の傑作です。宇宙。未来。科学。少年の冒険と成長。そして全盛期のハインライネスク。……完璧です。非の打ち所がありません。私事で申しわけありませんが、最初に読んだ現代SF小説が本書であったことを神に感謝せざるを得ません。
 
単純計算での文字数(274p * 45文字/行 * 16行/p = 197,280文字)を、創元版の文字数(434p * 43文字/行 * 19行/p = 354,578文字)と比べると、本書は六割くらいの抄訳だったようです。かなり短くなってはいますが(キクー次官側のエピソードが結構削られていますね)、創元版と読み比べると、作品の価値が全く損なわれていないことに驚かされます。極めて秀逸な抄訳術と言えましょう。
リーダビリティの高さも卓越しています。十歳で、フィクション読書経験の浅かった私にも、初読ですんなり読めた記憶があります(叢書中にはすんなり読めなかった巻も二~三割はありました)。ハインラインの卓越した文章力・構成力と、福島正実の秀逸な抄訳力の賜物でしょう。言わば「クロサワにおけるミフネ」です。
今にして思うと、ハインラインの作品群の中では他に類を見ないポップな世界観も興味深いところです。
 
依光隆のイラストも秀逸です。
特に、フロッシー星人の絵はリアルな骨格、筋肉、内蔵、皮膚を感じさせ、存在感がすばらしいです。並大抵のSF画家ではこの存在感や味は出せないでしょう。ベムという主題におけるSF画の名作です。このイラストあってこそ、『宇宙怪獣ラモックス』は真の名作たりえたと言えましょう。言わば「クロサワにおけるミフネ」です。
 
【ビブリオグラフィ > 異版情報】
SF少年文庫(1971年) → 角川文庫SFジュブナイル(1976年) → SFロマン文庫(1986年) → SF名作コレクション(2005年)(タイトル変わらず)。
本書は、SF少年文庫/SFロマン文庫の中で、角川文庫SFジュブナイルにも収録された唯一の作品です(ただの角川文庫に範囲を広げれば『まぼろしのペンフレンド』もそれに該当)。実物を古本屋でちらっと見たことがあるのですが、なぜか挿絵なしで、挿絵および表紙絵は別の人によるデフォルメ調の絵でした。
SF名作コレクション版は例によってWeb上でサムネイルを見ただけですが、例によって近年のイラストレーターによるデフォルメ調のイラストに差し替えられています。平成版の中では出来はまあまあかと思います。
 
【失望の創元版】
創元推理文庫SFマークからは、1987年に大森望訳の完訳『ラモックス ザ・スタービースト』が出ています。
訳文は、まあ、水準程度ではありますし、抄訳と完訳を単純に比べるのは間違いかもしれませんが、やはり福島正実訳よりはかなり見劣りすると言わざるを得ません。
また、「あまのよしたか」なる画家(天野喜孝の別名義なのでしょうが)のヘタウマ調(?)のイラストが非常に白けます。底の浅い狙いが見え見えで、なおかつ作品と全くもってミスマッチだからです。カバーだけなら外して捨てれば済むのですが、創元のハインライン作品としては珍しいことに、挿絵として本の内側にまで入り込んでいるので捨てるに捨てられず本当に不愉快です。
正統派ジュブナイルをハイブロウ(?)な作品と偽って売りたいのなら、ハヤカワ・SF・シリーズや初期創元のようなもっとガチガチの抽象画を充てるべきだし、ポップで可愛らしいイラストを付けたいのなら新井苑子あたりを起用すればいいのに、本当に無能です。
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