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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ジュール・ヴェルヌ『二年間の休暇』感想

グーテンベルク21という心ある出版社による電子書籍版。明記は無いが訳者名から調べてみたところ旺文社文庫版のリプリントのようだ。

この版を読むのはおそらく初めてで、"Deux Ans de Vacances"の翻訳物という広いくくりでも、ずいぶんと久しぶりに再読となる(大人になってから一度や二度は読んでいるだろうか?)。

なかなか面白かった。これまでは"Deux Ans de Vacances"を少々軽く見ていたかもしれない。

イギリス人とフランス人の反目――当然フランス人が善玉なのだが――が描かれるのもなかなか興味深い。

読み終わってから訳者による後書きで気づいたのだが、本書は完訳でなく「アシェット社」版という「二分の一程度の縮約」版の翻訳であるらしい。これはこれで「忙しい人向け」には良いかと思うが、原作の味――冗長であることもヴェルヌの味の一つだ――をよりよく味わいたいのであれば、やはり完訳(私の知る限りでは、創元推理文庫版や福音館古典童話シリーズ版がある)を読むべきであろう。

なお、本書(グーテンベルク21版)には挿絵は一切ない。私が思うにジュール・ヴェルヌの小説は原書のイラストーーあるいはそれに匹敵するイラストーーがあって初めて一つの芸術作品として成立するものであり、本書のように文字だけで妥協しているような本は少々残念である。適宜ウィキメディアなりで原画を見ながら読むのが良いかもしれない。

2023/07/14追記:二度手間になったが創元版『十五少年漂流記』(荒川浩充訳)を読んだ。細かいエピソードの一つ一つに覚えのないものが多い感触から、完訳を読むのはひょっとすると初めてだったかもしれない(仮に読んだことがあったとしても回数はごく少なくなおかつ大昔のことであろう)と気づいた。
アシェット社版よりさらに楽しく読むことができ、本作の株がさらに上がった――と言うより読書家(*1)人生数十年にして初めて本作の真価を理解するに至った。これはジュール・ヴェルヌの数多い小説の中でも、古今東西の少年小説の中でも、古今東西の「ロビンソン」もの小説の中でも屈指の傑作である。あまりに雑な抄訳(*2)が世に氾濫し、それらを本作の価値と誤解し、にも関わらずそれらが安易に世間でもてはやされていることから本作を敬遠し、軽んじていた自らの不明を恥じるばかりである。

アシェット社版ではあまりにも安易に切り捨てられていた細かい物語の機微が充分に味わえた。例えば南東太平洋の動植物(*3)に関する、邪魔にならない程度(*4)の蘊蓄。やはりヴェルヌはこれが無くては締まらない。
あるいは群像劇要素。アシェット社版に限らず多くの抄訳版では15人の少年たちの群像劇がブリアン、ドニファン、ゴードンら3・4人の中心メンバーだけに丸められてしまいで「十五少年」のタイトルが羊頭狗肉に陥りがちである。しかし完訳を読むとバクスター(器用で勤勉、一行のエンジニア役)やサーヴィス(陽気で料理好きのムードメーカー)の活躍、ジャックの献身ぶりも目立ち、物語に厚みを増している。
創元推理文庫版は原書の挿絵(レオン・ベネット)を採用しているのも美点である。ただし、全90枚以上(!)ある挿絵が体感で1/4か1/5程度しか入っていないのは惜しまれる。やはり適宜ウィキメディアなりを見ながら読むのが良いだろう。

*1 なおかつ、ジュール・ヴェルヌ愛好家。
*2 世間では完訳より一段下のもの、子供騙しの半端仕事という見方もされがちな「抄訳」であるが、本ブログで度々述べているように私は抄訳も一つの芸術――創作や完訳とはまた別の霊感と技術を要する芸術――だと思っている。しかしながら子供騙しの、魂のない、原典を傷つけるような抄訳が世にあふれていることも確かである。私はそういう事情を理解していながら適当に目に付いた少数の抄訳だけを読んで本作を分かったつもりになっていた。深く反省するものである。
*3 河馬が登場したりと、少々怪しいところもあるが……。バクと混同しているのかと思ったら別の章でバクも出てくるし……。
*4 通常のヴェルヌ作品だと一章か二章が丸ごと蘊蓄に使われていることも多いが、本作では実に控えめである。にも関わらずアシェット社版は削り過ぎなのだ。
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