著 シルヴァーノ・アゴスティ
訳 野村雅夫
マガジンハウス(2008年)
ユートピアに行った男が母国に送った手紙を集めた書簡小説、と表現してしまえば実に古典的なユートピア小説である。しかしそのシンプルで平易な語り口、そしてシャープな問題意識は実に現代的である。「古い革袋に新しい酒」と言えば近いだろうか。
私の理解するところでは本書の主張は次のように要約できる。「ユートピアを実現することは何も難しいことはない。ただ単に、無駄なこと悪いことをやめて自分にも他人にも良いことをしようよ」と。面白いし好ましい考え方だ。(その好循環をいかにして軌道に乗せるかという問題を度外視すれば)これこそが「人生、宇宙、すべての答え」かもしれない。――そこで思い出したのがジャック・ロンドンの『ゴリア』だ。善意のマッド・サイエンティストが外部から圧倒的な有形力を駆使したりちらつかせたりすることがスターターとなり、社会が自発的に非効率、不平等、その他あらゆる悪徳を排していく物語だ。描写がないだけで、本書のキルギシアの黎明期も案外同じようなものだったのかもしれない。
しかし難点もある。主人公がキルギシアの子供たちに会うエピソードは、ラファティの『カミロイ人の初等教育』を強く想起させる(あるいは実際に影響を受けているのかもしれない)のだが、どれだけ理想的教育を受けようと、地球人の子供がここまで伸びると期待するのはオプティミズムが過ぎると思う。また、どれだけ国内が善人ばかりになったからと言って、国外に対応するための軍隊を廃止する意味が全く分からなかった。
というわけで、欠点も少なくないがなかなか印象的な作品だった。