蔵書より、久しぶりに再読。
やはり、光る点はあるが総合的に見て良作とは言い難い。もっと手間暇を掛けて慎重に執筆すればそれなりの作品になったであろうポテンシャルは感じるのだが、ヴェルヌも晩年で心身が衰えていたのだろうか。
【良い点】
・独特の緊迫した雰囲気はある。
・水上・水中・陸上・空中に対応する万能ビークルというアイディアはまさにヴェルヌの総決算であり、悪くない。
【良くない点】
・テーマが不明確。
・登場人物に魅力が無い。
・ヴェルヌらしい大らかな雰囲気が欠如している。
・教育的要素が無い。
・短い。
・『海底二万海里』、『征服者ロビュール』と来て本作の三度同じパターンはさすがに飽きる。
・万能ビークルというアイディアは悪くないが、実際に登場する「エプヴァント号」は魅力が薄い。具体的な記述の少なさが、神秘性を保つ効果よりも魅力が伝わらない効果しか上げていない。
・せっかくそれなりに綺麗に終わっていた『征服者ロビュール』を無駄に再起動した割にロビュールとその一党の魅力を全く掘り下げられていない。
とはいえヴェルヌファンなら必修の一作ではあるため、長年のあいだ未訳だった――おそらく児童向け抄訳版すら無かった――本作を刊行してくれた集英社文庫ジュール・ヴェルヌ・コレクションには感謝したい。
追記 本書の本質に関わる話ではないが指摘させてもらう。訳者(榊原榊原晃三)あとがきで、「人間性を失った科学者が出てくる作品」の一つとして『エクトール・セルヴァダック』が挙げられているがこれは何かの間違いではないか。あの本には「ボトルメールで凡夫たちに警告をしてくれる良い科学者」しか出て来ないはずだ。似た名前の別の作品、例えば『ヴィルヘルム・シュトーリッツ』あたりと混同してやいまいか。編集部は仕事をしてくれ。