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言説1.スナフキンの種族は「ムムリク」族である。ただし正確に言えばその母親がミムラ族であることは確定しているので、混血である。
言説2.スナフキン(Snufkin)のスウェーデン語原語はスヌスムムリク(Snusmumrik)。「スヌス」が「嗅ぎ煙草」、「ムムリク」が「あいつ」とか「野郎」くらいの意味である。つまりこの名前は説明的な呼び名(修飾語+一般名詞)に過ぎず、「ムムリク」部分は種族名ではない。検討して行こう。私は長年言説1を信じていた。根拠は資料1でスナフキンが初登場した場面での記述である。引用していこう。
ハーモニカの音がやんで、テントからは、一ぴきのムムリクがあらわれました。みどり色の古ぼけたぼうしをかぶって、パイプをくわえています。疑う余地は無いように思える。しかし最近、資料2でスナフキンの項を読んでいたら言説2にも充分に理があることが分かった。引用してみよう。
(中略)
「ふうん、そうかい。ぼくはスナフキンというんだ。」と、そのムムリクは答えました。(資料1 p51-p52)
スナフキンの原語は、「かぎタバコ」に、友だちとしての親しみをこめた「あいつ、野郎」という意味が続き、直訳は「かぎタバコ野郎」。この英訳名がSnafkin(原文ママ)で、邦訳の「スナフキン」は、これを採用している。(p39)なお、この後5ページほど記述が続くが、種族については言及がない。
hemulとは「正当性」という法律用語(p91)あるいは「スノーク」なら
この原語は、指図や命令をし、いばったり、うぬぼれたりする人という意味の語である。(p49)というような解説がなされているとおり、ムーミン世界の種族名はただの固有名詞ではなくスウェーデン語の一般名詞が転用されたものが少なくないらしいからである。
【梗概】
アースシー世界の諸語は孤立語であり、文字は表語文字なのではないかと思った。
【経緯】
『ドラゴンフライ』巻末の「アースシー解説」を読んでいて(小説よりもむしろ興味深いこの補遺が本書に収録されていることを実は今さら認識した。少なくとも過去二十年間で二度や三度は読んでいるはずなのだが全く記憶になかった)、色々思考が巡った。今回はそのうち言語と文字について述べたい。
まずは前提を。
【前提/言語】
【前提/文字】
本編中では今一つ判然としていなかったような気がするが、「アースシー解説」にて、文字体系には二種類があることが明言された。真正神聖文字と疑似神聖文字である。前者は前者は古典語用、後者は現代語用。
【仮説】
以上を踏まえて、仮説と言っては格好を付け過ぎだろうが、ふと思ったことが二つある。
【仮説の根拠1】
本編中では暗示されるに留まっていたことだが、神聖文字は数十字とかではなく無数にあることが強く示唆されている点。
「アースシー解説」でハード語疑似神聖文字について「文字の習得は学校教育の重点項目のひとつであり、アーキペラゴ人のほとんどは入学から卒業までの数年で、数百から数千におよぶ文字を学んで身につけてしまう」とある。これはまさに日本の学校教育における常用漢字を思わせるではないか。
そして真正神聖文字については「いわゆる「ハード神聖文字六百字」はふつうのことばを書くのに使うハード語擬似神聖文字ではなく、ふつうの言語のなかにあって、力をなくしてしまった、「安全」な名前に与えられた真正神聖文字である。(中略)魔法使いを目ざす学生のなかでも野心ある者たちは「高等神聖文字」や「エアの神聖文字」、その他多くの神聖文字を次つぎと勉強していく。太古のことばに限りがないなら、神聖文字とて同じだからである。」とある。つまり無数にあるという意味だと思われる。
無数にある→表音文字とは考えづらい→なら表語文字ではないか、という思考。
【仮説の根拠2】
表語性を強く示唆する記述。例えば、本編中でも触れられていた「ピル」「シムン」「シフル」。「アースシー解説」でもこの三文字を例として、次のように述べられている。「真正神聖文字はひとつひとつの文字が太古のことばに置きかえられて、意味をもつ。あるいはそれが暗示するもののひとつひとつはハード語に置きかえられると言うべきか。ふだんよく使われる神聖文字には(略)」。
【仮説の根拠3】
カルガドがハード語疑似神聖文字をカスタムして取り入れたという記述。この記述からは、日本語における漢字受容のような、言語体系が全く異なるがゆえの無理のあるカスタム(漢文訓読・返読)や大きなカスタム(漢字カナ交じり文)ではなく、小さなカスタムしか伴わない受容であるようなニュアンスを感じる。ハード語疑似神聖文字が表語文字であり、なおかつハード語とカルガド語が同類型の言語だと考えると平仄が合う。
【仮説のロジック】
以上の根拠から、どうも真正神聖文字・疑似神聖文字はともに表語文字くさい。
そして表語文字と相性の良い言語と言えば孤立語だろう、という安直な直感。
2021/02/15追記。
【ハード語の屈折性について】
「アースシー解説」の「歴史」の「起源」に「たしかにセゴイという名まえは古代ハード語のセオグという動詞から来た、れっきとした主格語形であって、セオグとは作るとか形作る、意図的に存在あらしめる、という意味である。同じ語根から名詞のエセゲ(想像力、息、詩の意)が来る。」という記述があることに気付いた。よって上記の仮説はかなり怪しくなった。どうも古代ハード語には屈折性があるようだ。
【カルガド語の"at"について】
カルガド語の"at"について。カレゴ・アト、アチュアン、アトニニ、ハートハーの英語原文中での綴りが"Karego-At"、"Atuan"、"Atnini"、"Hur-at-Hur"であることを知った。これはもう、誰がどう考えても、この四つの地名からは"at"という形態素を見出さざるを得ない。しかし意味は皆目見当が付かないのが残念なところだ。
2021/02/16追記。
【「カルガド」について】
「カルガド」の英語原文中での綴りは"Kargad"であるが、これは"Kargad Lands"のように地名を言う場合にのみ使われる形のようだ。本編英語原文や英語サイトでの記述からすると"Karg"が語幹であり、
だと読み取れる。つまり"-ad"はあくまで英語においてKargという固有名詞の語幹を地名的な形容詞にするための接尾辞である模様。あまり見ない接尾辞だが、これのことだと見なして良いのだろうか。
そうだとすると日本語版で「カルガド人」とか「カルガド語」と訳してあるのは正しくないと言えよう(おそらく意図的なのではあろうが)。「カルグ人」とか「カルグ語」とでもすべきかもしれない。地名も「カルガド帝国」ではなく「カルグ帝国」にしても罰は当たらないだろう。何か締まらないが。
とにかくアースシーの事物、特に言語について検討する際には英語・日本語という二つのフィルタが掛かっていることを念頭に置くべきだと悟った。