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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ロバート・K・G・テンプル『図説 中国の科学と文明』感想

とても興味深かった。


科学史・技術史、特に“最初の○○”という言葉が大好物な私は、その手の本をこれまで多数読んできたが、それらがいかに西洋中心視点で書かれていたかがよく分かった(もちろん、本書の主張には「それは本当に実在していたのか?」「それをもって“○○の発明”と見なして良いのか?」と思える点も少なくなく、逆に中華文明を美化し過ぎな気配があるのだが)。


その種の本で「その源流はイスラム世界にあり…」とか「その萌芽は実は古代中国にあり…」とか曖昧に記述されていた事項の全てが本書には図版入りで詳述されており、長年の疑問が解消した。そして、それを倍する量の、その手の本には匂わされてすらいなかった事項が図版入りで詳述されており、非常に勉強になった。


特に興味深く感じた――新たな疑問を生じた――のは造船技術・航海技術の件である。


本書の「マストと帆走」「船の防水区画」「外輪船」あたりを読んだ限りだと、「大航海時代の前半、西洋人が中国に行き着いた時点では中国の方が造船技術・航海技術において優れていた」と読み取れる。(少なくとも、「優れている点が数多くあった」ので「西洋は中国から多くの技術を取り入れた」と読み取れる。例えば縦帆の採用、それによる上手回し航行、防水区画の採用、などなど。)


だとすれば、「造船技術・航海技術に優れた人々が優れていない人々の元に到達したのではなく、優れていない人々が優れた人々の元に到達した」ことになる。これは実にパラドキシカルだ。


また、造船技術・航海技術に限らず、中華文明において発明された事物、あるいは源流は別の所だが中世の時点では中華文明の方が西洋文明より進んでいた事物は、本書を信じるならば腐るほどある。然るにその多くは中国においては停滞し、あるいは忘却され、西洋において開花した(例えば火器)。それはなぜか?


…というような疑問に本書は直接的には答えていないが、良くできたSFに匹敵する知的刺激を得られた。良い読書体験だった。


追記。あえて言えば
1.『サピエンス全史』における「西洋文明は無知を認めることで他の文明とは一線を画す発展を遂げた」という見解
2.『銃・病原菌・鉄』における「地勢の良さ、政治的統一の欠如が西洋に発展をもたらした」とする見解
が答えの一端なのだろう。




2023/06/05 追記その2:作者のロバート・テンプル(Temple, Robert K. G, 1945-)はかなり怪しい人物のようだ。国立国会図書館の蔵書検索だと同じ著者で本書のほかに2冊の本が引っかかるが、それが

  • 『「超古代」クリスタル・ミステリー : すべての文明の起源は失われた「光の科学」にあった』徳間書店(2001年)
  • 『知の起源 : 文明はシリウスから来た』角川春樹事務所(1998年)


というあからさまなエセ科学本なのだ。となると本書――一見まともな出版社から出たまじめな書籍のように見えるが――の内容の信憑性もだいぶ割引して考える必要があろう。

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