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たぶん少年時代におざなりに1・2回読んだきり――あるいは学生時代に1・2回は復習したかもしれないが――だったところ、正月休みを機に久々に再読。まずは蔵書より、上巻(集英社文庫版)を。そして下巻が見つからなかったので(たぶん無くしたのではなく元から無かった)グーテンベルク21による復刻版電子書籍を購入して読んだ。
で、一気に読み通してしまった。これまではヴェルヌの作品の中では(SFじゃないし)地味で凡庸な方かと誤認していたのだが、ヴェルヌ歴数十年にしてようやく迷妄が解けた。傑作だ。触れ込みどおり「復讐もの」として『モンテ・クリスト伯』に匹敵するし、ヴェルヌの数多い作品の中で小説としての完成度は屈指である。
ジュール・ヴェルヌの多くの作品には「悪役が大して悪くない」ため物語に緊迫感が生まれにくいという欠点があるが、本作の悪役サルカーニ、トロンタル、カルペナは本当に邪悪であり、作品に説得力を与えている。善玉の登場人物たちも生き生きと描かれており、特に軽業のペスカードと大力のマティフーのコンビ(*1)の献身的かつ華々しい活躍には胸が躍る。
地中海地方および南東ヨーロッパ地方の地理・風物に関する教育的要素も優れている。
とにかく並々ならぬ熱量を感じる。ジュール・ヴェルヌにとって「復讐」、それも「虐げられた民族の復讐」は終生のテーマだったのであろうことがよく分かる。
ただし集英社文庫版・グーテンベルク21版は例によってイラストが無いのが欠点と言える(*2)。レオン・ベネットによる原書のイラスト(百余枚!)はWikimedia Commonsなどで無料で閲覧できるので適宜参照しながら読むのが良いだろう。
今回はグーテンベルク21の電子書籍が本家やKindleだけでなくeBookJapanでも買えるようになっていることに気付き、このサイトで初めて小説本を買ったのだが、それでこのサイトのビューアの美点にようやく気付いた。このサイトのビューアは「本の見開きを再現」し、中央部にあえてわずかな空白が作ってあるのである。Amazonやヨドバシカメラにはない優れた工夫であり、実に可読性が良くなっている。称賛したい。今後小説本もなるべくeBookJapanで買おう。
*1 話は逸れるが、野田昌宏の説によると《キャプテン・フューチャー》のオットーとグラッグの元ネタは《フランク・リード》シリーズのアイルランド人と黒人のコンビであるらしいが、本作を初めてまともに読んで思ったのはペスカードとマティフーのコンビもハミルトンに影響を与えているのではなかろうか。お調子者だが俊敏で機転が利き潜入任務もこなせるペスカード、実直で献身的で大力無双のマティフー、そして二人は無二の親友というキャラクター性はオットーとグラッグそのもののように思える。
*2 集英社文庫が敢えて本文挿絵を廃しイラストをメビウスのモダンなカバー画だけに絞った意図は分かるのだが、分かった上でなおそう思う。