三・四ヶ月に読んだが投稿し忘れていたので投稿。
『読心機』の講談社文庫版はすでに持っているのだが、ハヤカワ・SF・シリーズ版には未読な作品『アルティコールの国への旅』が収録されていることを今さらながら認知(*1)したので、それを読むために入手したものである。
『アルティコールの国への旅』はかなり興味深い作品だった。芸術家たちが世俗と切り離された隠れ里を作って創作活動に打ち込む――当初は高い生産性が得られる――だが彼らが純粋培養のまま世代を経たら?
おそらくは英語圏の“サイエンティフィック・ロマンス”や“サイエンティフィクション”とは独立して書かれていながら、むしろ後年の社会学SFにも匹敵するシャープな着眼点には舌を巻かざるを得ない。
珍しく期待に裏切られない読書ができた。
ただし、『デブの国とやせっぽっちの国』は若干期待外れだった。実は、私にとってアンドレ・モーロワは“『デブの国ノッポの国』(*2)の人”なのである。読んだのは確か小学5年生のころだっただろうか。SF歴も半年か1年を迎え、すでにいっぱしのSFファンを気取っていた時期であったが、とても楽しく読めたように記憶している。なので、かつての愛読書の“完訳”には大きな期待を抱いていたわけなのだが、それは裏切られた。
まず訳文がどうにもぎこちなく、生気に欠け、ユーモアに欠ける。工夫にも欠ける。特に、固有名詞の含意を日本語話者に理解させるための努力を怠っている。例えば登場するデブ人の名前は「~~プフ」、やせっぽっち人の名前は「~~フェール」というパターンが多いが、これは原題にも入っているフランス語のpatapoufおよびfilifèreに由来するのだろう。これをカタカナにするだけなのはあまりにも芸がない。小林・平井版では「~~デブ」「~~ノッポ」などになっている。
そして、(あくまで昔々の記憶との照合によるものだが)小林・平井版は児童向けと言っても内容的に切り捨てられた要素はほぼ無い(*3)ことが分かったため、北村良三版には特段のアドバンテージがない。
つまるところ北村良三版は小林・平井版より劣りこそすれ勝るところがないわけで、残念な読書体験となった。
*1 不勉強を恥じ入るばかりである。
*2 調べたところ、私が読んだのは小学館の『少年少女世界の名作文学26 フランス編8』に収録された『デブの国ノッポの国』と思われる。書誌情報によると「小林正訳・平井芳夫文」となっているので、前者が翻訳して、後者が児童向けにリライトしたのだろうか?
*3 ちなみに辻昶訳の『デブの国 ノッポの国』(集英社)も読んだ事があるのだが、これは小学校低学年向けというコンセプトのせいか(もしくは訳者の力量不足か)、色々と切り縮め過ぎたために駄作と化している。