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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ザミャーチン『われら』感想

集英社ギャラリー 世界の文学 15巻 ロシアIII
1990年
訳:小笠原豊樹

熟達のSF読者を自称しておきながらお恥ずかしい限りなのだが、実は今回初めて本作を通読した。中学か高校時代に恐らく岩波文庫版を読もうとしたがあまりにも退屈で、なおかつ文章にあまりにも抵抗があって数ページで投げ出したまま数十年を経ていたのである。それが今回は念のため下調べしたところ小笠原豊樹(*1)訳のものがあると気付いたのでそちらを読んでみたものである。結果、大正解だった。非常に明快な文章ですんなり読めた(*2)。率直に言って、原文や私が悪かったのではなく岩波版の訳文が悪かったのである。

で、内容としては期待どおりのものだった。ディストピアSFの古典と呼ばれるのも当然であろう。細かい着想の一つ一つが先駆的であり洗練されているのはもちろんだが、ソ連という「本物」を生で体験した作家なだけあって最悪の体制の息詰まる空気が迫真的である。

認知力や表現力に限りのある一人の男の断片的な手記という形態を取っているため書き込みが浅いとも感じるが、それがかえって作中世界の神秘性を保つ効果を上げている(*3)。おそらく計算ずくなのであろう。


*1 『刺青の男』とか角川文庫版『火星のプリンセス』とかの印象が強い人だったが、本来は英文和訳者ではなくロシア語の人だったようだと今回初めて知った。

*2 甚だ今さらながら一つの教訓を得た。難しい作品、古典的作品を読む場合は訳書にこだわるべきであると。少なくとも、一種類の訳書が腑に落ちなかったからと言って自分の知性に悲観したり作品が駄作だとレッテル貼りしたりするのは早計である。

*3 それにしても実に空想が捗る。
I-330とは何者だったのか? 何を目論んでいたのか? どういう組織の中でどういう地位を占めていたのか? 積分号を乗っ取ってどうするつもりだったのか? 「満場一致」の儀式で公然と不賛成を唱えてどうするつもりだったのか? 彼女の特殊な知識の一端(壁の外の人間たちの存在、主人公にその血が入っていること)が主人公に示されたが、その全貌はいかなるものだったのか? 
「単一国」とはいかなる国だったのか? それは主人公の眼と口を通してごく一端が描写されたに過ぎない。例えば広さ。「緑の壁」が「全世界を囲んでいる」というのは、地球が球形であることを考えるとナンセンスだ。であれば大陸全体? 日本程度の領域? 県一つ程度? ひょっとするともっと小さいだろうか。そして人口は一千万ちょうどだと述べられているが本当だろうか。彼らの名前の法則「キリル文字一文字+数字四桁以内」で表現できるパターンは数十万なのだが、登場しなかっただけで他の法則の名前を持つ人間もいたのだろうか。あるいは「慈愛の人」。その統治が48年目であることが語られているが、「単一国」の歴史は少なくとも五世紀はあるようだし不老不死技術が開発された様子もないことから代替わりしていると推察される。いかにして「慈愛の人」は代替わりするのか。その候補となる特権階級や血筋があるのか。それとも出自を問わず幼児期に能力主義で選抜され育成されるのか。それとも政府高官たちの中で抜きんでた者がその地位を勝ち取るのか。そうだとすればいかなる暗闘が繰り広げられているのか。
「単一国」の外はどうなっていたのか。居住不能あるいはそれどころか有毒な土地ばかりなのか。それとも彼らが外部を恐れているだけで実際には何の変哲もない土地が広がっているのか。人間はどれだけ生き残っているのか。ひょっとして「単一国」が把握していないだけで何千kmも遠くには他の文明国が存在しているのだろうか。
「積分号」は何の目的で建造されたのか。「他の惑星の住人に単一国の恩恵を与える」という主張は本当なのか。作中世界では他の惑星に生物が、しかも知的生物がいるのか。首脳部がそう思い込んでいるだけなのか。それとも「200年戦争」前に人類が移住した事実がありその子孫がいると期待しているのか。それとも全てが嘘なのか。地球全土のごく一部しか支配できておらず、それ以外の領域に人間がいることが分かっているなら(さすがに分かっているはずだ)その征服が先決であろうから、やはり本当の狙いは別にあるように思える。
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