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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

バロウズ〈ペルシダー〉シリーズ(早川書房版)感想

【発端】


長年その事実を心の片隅に追いやっていたのだが、天下に名立たる〈ペルシダー〉シリーズを途中までしか読んでいなかったのを思い出したので、一念発起して既読の部分も含めて読み直すことにした。昔々(*1)途中まで読んでいたのはたぶん創元版だったのだが、今回はわけあってハヤカワ文庫版である。


【翻訳】


佐藤高子・関口幸男の訳はクセが無く、悪いものではない。ただし個人的にはあまりにもフラット過ぎて味わいに欠けるように思えるため、創元版(厚木淳)の訳文の方が好みである。


なお重箱の隅をつつくようで申し訳ないが頻出する"cave bear"を「穴熊」と訳しているのは誤訳ではないか。少なくともセンスはない――仮に1960年代の時点では「ホラアナグマ」という訳語が一般的でなかったとしても、アナグマ(Meles.anakuma)と混同されるような訳語は避けるのが得策であろう。(*追記1)


【編集】


早川書房は(*2)邦題をもう少し工夫できなかったのか。『地底世界ペルシダー』、『地底世界のターザン』、『ペルシダーに還る』あたりはまだ良いとして、『危機のペルシダー』、『戦乱のペルシダー』、『栄光のペルシダー』、『恐怖のペルシダー』はあまりにも特徴が無さすぎる。原題にそもそもあまり芸が無いという事由もあろうが、そこを何とかするのが翻訳者や編集者の仕事ではないのか。


用語集が特定の巻にしか付いていないことも編集上の不満である(*3)。もしそうするなら、用語集が無くても快適に読めるように訳文を工夫して欲しかった(*4)。(*追記2)


地図が全巻に付いていることは評価する。ただしネタバレを配慮していないことと、第7巻の地図が誤っていること(後述)は問題であるが。(*追記3)


解説のようなものがあまり充実していない――巻末にはたいてい野田昌宏の何がしかの文書が付いているがどれもアドホックな感が否めないし、その巻の解説とは限らない――のも不満である。(*追記4)


つまるところハヤカワ文庫版〈ペルシダー〉シリーズの編集は総じて粗製乱造……と言って悪ければ急造な感が否めないと言わざるを得ない。(*追記5)


【イラストレーション】


柳柊二のイラストは、一般的水準から見て悪いとまでは言わないがこの人の画業の中ではどうもパッとしないように思える。精気が無いと言おうか粗製乱造と言おうか(*5)。SF本の良し悪しはイラストレーションで大きく変わってくるのだからもう少し頑張って欲しかった。全巻を比べたわけではないが、創元版(武部本一郎)よりは大きく劣ると言わざるを得ない。


【内容】


作品自体については、やはり1巻が最高傑作、2巻が水準作、あとは凡作・駄作ばかりであることが再確認できた。バロウズはいつもこのパターンだな。


それと、シリーズ全体に関わる問題なので大人げない指摘をしてしまうが、中空の天体の内部は万有引力の法則を考えると無重力になるはずであり、ペルシダーのように内側から外側への重力が働くことはあり得ない。その正体が遠心力だとしても大きさや方向が作中描写と合致しない。そこのところの整合性が全く無視され、辻褄を合わせる架空理論が作者から示されることもないどころか登場人物が疑問を呈することすらないのがSFとして残念である。


以下、各巻の感想。


1.地底世界ペルシダー 佐藤高子訳


やはり面白い。バロウズの最高傑作の一つであり、またSF史に輝くクラシックの傑作である。


本作の魅力についてはすでに語り尽くされているであろうから繰り返しは避けるが、今回気付いた美点を一つだけ。それはペリーの存在である。デヴィッド・イネスというバロウズにはありがちな熱血漢の青年主人公に、この男――博識だが空想家の老人であり、先代からのベテラン社員ということでデヴィッドの保護者的側面も持つ――を相方として添えることで物語にバロウズ作品としては例外的とも言える深みが生じている。


なお、本巻に限っては自分に最も親しみの深い訳書は実は創元版でなくあかね書房少年少女世界SF文学全集版(野田昌宏訳)なのだが、あれが単なる抄訳ではなく実に巧みにアレンジされていたことをようやく悟った。文章の生き生きとした勢い(実に野田節!)と言い、キャラクターの改良と言い、ストーリー・プロットの改良と言い、見事の一言に尽きる。例えば
・枠物語をやめてシンプルにデイヴィッド・イネスの一人称にした。(大時代な枠物語を一般論として否定するわけではないが、児童向けなら構成を極力単純化して枚数も減らすので正解だろう。)
・イネスに対してダイアンが不要につれない態度を取ることを無くし、ダイアンの株を上げた。
・メゾプ族がマハール族と休戦どころか交易すら行い、なおかつマハール族の食人儀式を黙認している設定を無くし、ジャの株を上げた。(食人儀式の場所をアノロック諸島でなく本土に変え、イネスが偶然そこに迷い込むようにした。)
・イネスによるサゴス族への催眠術。不思議な説得力とユーモアがある。そして、やられっぱなしの前半から逆襲の後半への転換点として機能しているように思える。
・マハール族を絶滅させる戦略的方法が、単性生殖の「秘伝」を奪うことから産卵場を焼き払うことに変更。戦術的方法が、諸部族を統合し新発明(弓矢、火器)でマハールの諸都市を攻略することから、鉄モグラでプートラを破壊することに変更(※マハールの都市は複数は無く、プートラ一つしかないように変更)。それにより単巻でマハール族との決着がきれいについた。
・ペルシダーでは天体の日周運動が分からない(*追記6)ので時間の経過が分かりづらく、住人たちには時間の観念が無く、そして(ここからが意味不明なのだが)「気の持ちよう」で主観時間の経過は何十倍・何百倍の違いが生まれるという設定を無くした。


などなど。
0から1を産み出す才能や技術は欧米の古典的作家が優位なのだろうが、1を100にする手腕は日本の心ある翻訳家の独壇場であることが良く分る。


2.危機のペルシダー 佐藤高子訳


悪くない。1巻の魅力をまあまあ保っており、続編として合格水準にある。仇敵マハール族および小悪党フージャとの決着が付いたことで物語として一段落、地上文明の導入による文明開化の兆しが示唆されることでSFとしても一段落したことも評価したい。ここで終わっておけば良かったのに…


また、イネスの不在とフージャの姦計によりペルシダー帝国が脆くも瓦解したこと、全人類の敵に向けられるべき新兵器が人類同士の争いに用いられたことは、本来明るく楽しいバロウズ世界において珍しいペシミズムの発露であり興味深い。


3.戦乱のペルシダー 佐藤高子訳


1・2巻より大きく落ちる。


主人公がアメリカ人デヴィッド・イネスから「毛むくじゃらのガーク」の息子「疾風のタナー」に変わったのが斬新と言えなくもないが、それが全く活かされておらず失望を招く。父親ガークから学んだこれこれの特殊技能が物を言うとか父親の伝手が物を言うようなこともなく、現代アメリカ人とは違うペルシダー原始人特有の思考なり行動なりが描写されたりそれがプロットに関わってくることもほとんど無いのである。(敢えて言えばペルシダー人特有の帰巣本能くらいか。)


マハール族が悪役を降版して代わりにコルサール人が登場するのも斬新と言えなくはないし、「北極の穴」の存在を示唆(*6)して続巻への布石を打つ効果は得られているのだが、結局コルサール人では悪役としての格が低すぎて作品全体の緊迫感が失われてしまった。


しかも後付けでマハール族の矮小化が行われているのも不満だ。悪逆非道かつ超越的で地底世界全体の支配者だとされていたマハール族が、実は地底世界のごく一部(*7)しか支配できていなかったようなのだ。そういう諸々の後付けにより、驚異と脅威に満ちた未知で広大な世界が一挙に陳腐で作り物じみた箱庭的世界に成り下がってしまった。


物語が量産型主人公タナーと量産型美女ステララのバロウズ式量産型すれ違い恋愛を縦軸にしているのもいただけない。デヴィッド・イネスがペルシダー人女性の風習に無知で心の機微を捉えられずにすれ違いが生じて物語が転がって行くのならまだ説得力があるが、現地人である疾風のタナーが同じ事態に陥っても説得力がない。しかも二番煎じなのがよろしくない。


「地下人間」なるポッと出の非人類知的生物が登場するのもよろしくない。マハール族の特別感が薄れてしまう。


とにかく1・2巻より画期的に劣る。おそらくこの巻がつまらなくて少年時代の私は本シリーズに見切りを付けたものと思われる。


4.地底世界のターザン 佐藤高子訳


無線マニアの青年ジェイスン・グリドリー、バロウズ最強の主人公ターザン、そしてドイツの科学力を結集した新型飛行船を「北極の大穴」から地底世界に送り込むという着想は優れている。


しかしターザンというせっかくの大物キャラクターがうまく活かされていないし、グリドリーという等身大主人公も結局没個性に陥ってしまっている。例えば危機を無線の知識なりで脱する一幕でもあればなるほどと思えるのだが、結局他の主人公同様腕っぷしに頼ってばかりでつまらない。


また、飽きもせず量産型主人公と量産型美女のすれ違い恋愛を縦軸にする構成にうんざりさせられる。


ホリブ(蛇人間)なる更なる非人類知的生物がぽっと出で登場するのも白ける。


5.栄光のペルシダー 佐藤高子訳


主人公フォン・ホルストのドイツ人貴族の青年士官というキャラクター性が結局活かされておらず、結局イネス、タナー、グリドリーと何の区別も付かない。そしてまたもや量産型のつれない美女とのすれ違いが物語の縦軸となっており、言葉も出ないほどうんざりさせられる。


SFとしても見るべき点が極めて少ない。冒頭の寄生蜂じみた翼竜は新規性が無くもないしプロットの起点となる役割はあったが、他は陳腐の極み。例えば死人族は意味不明だし牛人族のように必然性のない非人類知的生物が増えるのはマハール族の特別感が薄れるので言語道断である。


6.恐怖のペルシダー 関口幸男訳


魅力なし。


マストドンを助けるエピソードは5巻のマンモス、2巻のヒエノドンの焼き直し。


巨大蟻、浮遊群島、狂人族、巨人族、男女逆転族……新たな、しかし陳腐なアイディアの数々は書けば書くほどペルシダーという架空世界の魅力を損なうばかりだ。


久しぶりにデヴィッド・イネスが主人公であるにも関わらず、ペルシダー世界の新たな真実が見えてくるとかペルシダー世界の改良がなされるとか地上との新たな交通手段が示唆されるとか、そういったシリーズ全体に関わる大きな事象が何も起きないのも期待外れだった。(狂人族の殲滅だけは言及されるがスケールが小さい。)


7.ペルシダーに還る 佐藤高子訳


最後の最後でかなり品質の回復が見られる。美女ダイアン、カリの王の娘オー・アアという二人のヒロインがいくつかのボタンの掛け違えから失踪してしまい、それぞれの連れ合いであるデヴィッド・イネス及びサリ人の青年「疾風」のホドンが探索に赴くというのが物語の主軸である。二つの失踪・二つの探索行が絶妙に絡み合うことにより、3~6巻には無かった適度な複雑性が得られている。ユーモア味と緊迫感のバランスも良く、これまでの一本調子のワンパターン小説とは一線を画している。


また新ヒロイン、オー・アアの「逃げ足が早く口が達者」というキャラクター性に新規性があり、またこの特性が物語を動かす原動力にもなっており一石二鳥なのが評価できる。新サブキャラクター、怪老人アー・ギラクも物語に独特の味わいをもたらすことに(また新たな造船術・航海術の導入により海路での移動をさらに効率化することに)成功している。


初めて描かれる「無名海峡」の向こう側、黄色人種の青銅器文明国も悪い出来ではなく、これまでは(コルサールを除き)石器時代の集落ばかりだったペルシダー世界に新風を吹き込んでいる。ダイアンやオー・アアの眼を通した文明批評の要素も評価できる。


大きなテーマが特にないという欠点を除けば、『危機のペルシダー』に近いくらいの品質がありまあまあ楽しく読めた。


ただし巻頭の地図になぜか本巻だけ誤りがある。「ルラル・アズ」が「ルアル・アズ」(そのような固有名詞は作中に登場しない)、「バンドール・アズ」が「ルラル・アズ」となっている。編集部はしっかりして欲しい。




*1 小学生末期か中学生初期?


*2 創元版もあまり関心しないが、まだ原題の意を汲もう(あるいは内容を示そう)という意志は感じられる分ましであろう。…ところで創元版の「○○の世界ペルシダー」は、デュマレスト・サーガの「○○の惑星××」を思わせる。同じ編集者の仕事だろうか。


*3 しかも、付いている場合であってもそれが編集部による網羅的なものでなく「1ファンである野田昌宏の試作的なもの」でしかないのが更に不満である。


*4 例えば火星シリーズで「王」と書いて「ジェド」とルビを振るような。


*5 小説側に魅力が薄くてモチベーションが上がらなかったとか、納期が異常に短かったとかの想像は付くが…


*6 あの気球の残骸はスウェーデンのサロモン・アウグスト・アンドレ―の空中北極探検(1897年)の気球だったのだろうか? その末路が明らかになったのは1930年なので、本作発表時(1915年)にはまだミステリーだったのだろうし。

*7 大陸から南西に伸びる半島――東をルラル・アズ、南東をソジャル・アズ、南を無名海峡、西をコルサール・アズに囲まれている――大きさは本州程度かその二倍程度か――の東岸中央部だけと思われる。

*追記1 創元版も「穴熊」となっていることを確認した(一部箇所では「大穴熊」)。残念だ。

*追記2 創元版には全巻に統一的な用語集が付いていることを確認した。そこは高く評価できる。ただし収録語数は少ない。火星シリーズや金星シリーズの半分程度、あるいは早川版の総和の半分程度しかない。そのため早川版より一概に優位とも言い難い。

*追記3 創元版も地図が付いていることを確認。早川版のものと似ているが、よりくっきりした図版だ。おそらく早川版が米国のファンの原画そのもの、創元版はそれをプロの手で清書したものと思われる。

*追記4 創元版には(ミニマムではあるが)各巻に厚木淳の要を得た解説が付くことを確認。

*追記5 対して創元版は商品としての完成度が高いと言い切れる。

*追記6 考えてみると、本来であれば満ち引きで日と月は分かるのではないか? しかし作中では潮汐に関する描写は全くない。どうやらペルシダーに潮汐は無いようだ。重力と同様の(重力と関連する?)謎設定である。

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