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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

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ジャック・ヴァンス『夢幻の書』感想

《魔王子》シリーズ第五巻。

まあ、面白かった。読んでいくうちに、ところどころ(特に後半)に覚えのある個所が出てきた。どうやら以前はいちおうこの巻まで到達し、流し読みはしていたようだ。

良かったところ:
・ヒロインに魅力がある。健気で、色気があり、蔭もあり、三巻(ザン・ズー)に次ぐ良いヒロインだ。
・魔王子の陰謀のスケールが大きい。二・三・四巻の悪事は、言わば大犯罪者の本業としてではなく、(大犯罪者業で稼いだ金を使い)個人として行われていたものに過ぎず、興醒めであった。それに対して本巻のハワード・アラン・トリーソングの活動は、IPCC及び究理院という二大組織の根幹を揺るがすもので、シリーズの掉尾を飾るにふさわしい。
・舞台となる惑星モウダーヴェルトの設定・描写が、地味ながら秀逸。ジャック・ヴァンスの本領発揮である。
・随所に発揮されるユーモア。キース・ガーセンが楽団に潜り込むあたりはシリーズ中で最もおかしみの強いところだろう。

良くなかったところ:
・結局《魔王子》の卑小さが強調されている。二巻、三巻、四巻と続いてきた傾向であるが、子供のころのエピソードとか、子供のころの恨みを晴らす一幕みたいなのはスパイス程度に留めて欲しい。
・結末への過程があまりにあっさりしている。五巻もかけた(というより人生を賭けた)宿願なのだから、もう少しこってりと盛り上がらないものか。《魔王子》シリーズはハードボイルド小説なので淡々としているのが当たり前という主張もあろうが、初期の頃のピリピリとした濃厚な緊張感が無くなっているのはハードボイルド性とは直接的には関係のない劣化だと思う。

ともかく、本邦でジャック・ヴァンスの代表作と見なされている五部作をようやく精読で読破できて良かった。結論としては、やはり本シリーズは《冒険の惑星》や(ファンタジーを含めて良いなら)《切れ者キューゲル》に総合的には及ばないながらも、ヴァンスの魅力の一端が発揮された良作には違いない。食わず嫌いをし過ぎていた。

2023/10/29追記 なんとなくWikipediaを見ていたら「エクメーネ」という言葉に行き当たった。これはドイツ語読みであり語源のギリシャ語では「オイクーメネー」らしい。いわく、意味は「地球の表面のうち人間が居住している地域」とのこと。作中の「銀河系の中で人類が居住する領域(だと思われる)」がオイクメーニと称されているのはそういう事だったのか。長年の疑問が解消した。
……これは恐らく欧米人のちょっとした読書家なら説明なしでも分かることなのだろう。自らの無知と怠慢を反省する。
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