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プロジェクト・サイラス・スミスBLOG

ホームページ「プロジェクト・サイラス・スミス」http://projcyrussmith.moto-nari.com/ のブログ部分です。メインのコンテンツ(翻訳したSF)自体はホームページ側にあります。ブログ側にはSFのレビューなどを投稿しています。 ※SF翻訳活動は、実用度の高い機械翻訳の台頭により意義を失ったと考えるため、2021年以降はほぼ休止しています(2021/4/14投稿を参照)。 ※ブログ内のエントリ間のハイパーリンクはまれに切れている場合がありえます。お手数ですが検索機能をご活用ください。

ハインライン『愛に時間を』感想

ふだん「練達のSF読者」かつ「ハインラインの熱狂的ファン」と名乗っておきながら、事実上初めて読んだ。(*1)

で、感想としては「ハインラインの搾りカス」であり「やはり駄作だと思う」。

ところどころにかつての濃厚で芳醇なハインラインの香りが残ってはいるが一編の長編小説として全体を見れば散漫で完成度は低い。他人(にも等しいかつての自分)の褌で相撲を取っている感が強い。かつて
娯楽のために書きます。一杯のビールを節約して、私の小説を買ってくださるのだから、喜んでもらえるだけの内容じゃなくてはいけないと思う(『メトセラの子ら』巻末解説「未来を発見した男、ハインライン」矢野徹より)
と言い切った「プロ」の姿は雲散霧消し、その正反対、ただただ自分のご高説を語りたい、信者ならありがたく拝聴してくれるだろうという甘えにどっぷりと浸かった愚かな「老大家」の姿しか見えない。

『メトセラの子ら』で提示された「長命人種の出現は人類社会をどう変えるか?」と「超光速(または瞬間移動)航法が発明されたらどうなるか?」という2つのテーマの扱いも気になる。特に前者はせっかく『~子ら』の終わりで人工血液交換不老法が発明されて解消されたはずなのに、あっさりキャンセル――人工血液交換不老法はコストが高く結局ごく一部の特権階級のものに留まり、状況を変えなかったと語られる――される。では短命人種と長命人種の相克が再度起きるかと言うとそうでもなく、何となく自然消滅したようである。これはおかしいし、かつての名作『メトセラの子ら』の否定ではないか。不愉快だ。

主人公ラザルス・ロングがあまりにも万能で超人的過ぎて鼻に付く――『メトセラの子ら』ではまだ許容範囲内であったが本作ではさすがに度が過ぎる――のも作品の根幹的な欠点だ。女は皆その魅力に抗えず、男も皆その権威に平伏し、ハワード・ファミリーからは最長老として神にも等しい尊崇を受けるその様は願望充足的過ぎて見るに堪えない。晩年のハインラインの精神はこんなに幼稚なレベルまで退化してしまっていたのか? それとも(まさかとは思うが)不本意な自分をSF界の大立者として祭り上げる人々への風刺なのか……?

危惧していたとおり、晩節を――そして自らの過去の名作群を――汚す駄作だと言わざるを得ない。遺憾である。

今回再挑戦してみた主目的の一つである、ヴァンガード号とヒュウ・ホイランドの運命を確認することは果たせたのでまあ良かった。ごくあっさりとした書き方で長さもごく短かったが、まあ納得できる記述だった(*2)。神聖不可侵な大傑作の後日談がこのような駄作の中で述べられているのが気に入らないところもあるが……

とにかくこれで長年の懸案事項であったハインライン晩期の作品読破がようやく一つ完了した。残るは7つ。良い作品だとは期待できないが義務は義務なのでそのうち読む決意を新たにした。
1.『異星の客』:何度も挑戦しているが序盤1・2割しか読めていない。
2.『悪徳なんかこわくない』:ごく一部を斜め読みしかできていない。全く興味が持てない。
3.『獣の数字』:手に取ったこともない? ググった限りでは面白い可能性ほのかに見えるが…
4.『フライデイ』:学生時代に『深淵』の続編と聞いて興味を持ち、半分くらいは読んだかも?
5.『ヨブ』:序盤で落伍した記憶あり。
6.『ウロボロス・サークル』:『宇宙の呼び声』のおばあちゃんが再登場すると聞いて興味を持ち、半分くらいは読んだかも?
7.『落日の彼方に向けて』:おそらく手に取ったこともない。しかし本稿を書くに際してググってみたらラザルス・ロングの母親が主人公と知って興味を持った。

あと、考えて見ると昔々偶然"For Us, the Living"の原書も入手しているので読んでみよう。インターネット上の情報(*3)によると《未来史》(が《未来史》と称されるようになる前)の作品であり、(その後に書かれた正史とは矛盾するものの)かのネヘミア・スカダーも登場するらしい。

また『第六列』改め『明日をこえて』は当然最速で購入してるのだが、なぜか気が乗らずに積ん読し続けて早2年であることも思い出した。読もう。


*1 怠惰を極めている私としても半生を超えるSF歴においてさすがに気が咎めることがしばしばあり、1・2回は読もうとしたのだが退屈でほとんど読み進められずに挫折していたのだ。それが今回は『宇宙の孤児』、『メトセラの子ら』を久しぶりに再読したことからモチベーションが再燃したことと、国会図書館デジタルコレクションで本書が閲覧可能になっていたことから、モチベーションが下がる前に間を置かずにアクセスできたたため何とか通読できたものである。
なお記憶と合致したのはラザルス・ロングの妻が無法者を撃つエピソードだけだった。やはり極めて粒度の低い飛ばし読みしかしていなかった模様。

*2 英語版Wikipedia等のサイトで『宇宙の孤児』の舞台が36世紀だとされている根拠も分かった。

*3 驚くほど日本語の情報が無い。日本のSF者はインターネットをしていないのか? あるいはそれ以前に死に絶えたのか? それとも逆にハインラインのごとき古臭い作家には興味がないのか?
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