蔵書より。かなり久しぶりに再読。ひょっとするとまともに通読するのは前世紀ぶりかもしれない。自分も歳を取ったものだ。
さて、記憶していた以上に面白いし意義深い作品であることが分かった。
まず、「別世界に降臨した現代人が現代知識で大活躍する」型SFとして単純に出来が良く、楽しく読める。このジャンルにおける教科書と言っても過言ではあるまい。主人公のカルヴィン・モリスンが実に愛すべきキャラクターであることも大きい。学生時代は本来の専攻をそっちのけで軍事史に打ち込み、その後軍隊で実戦経験を積むが現代の軍隊ではその才能を発揮する機会が無いまま、現在は若干不本意ながら警察官をやっている。そして教養としてSFも読んでいることが示唆される男。それが自分の最も輝けるどんぴしゃりの平行世界に転送され、成功成功また成功で一国一城の主にまで昇り詰める様は読んでいて実に心地が良い。パイパーは、SF読者が求めている感情移入先を完璧に心得ている。モリスンの知識が単に黒色火薬の製造法といったハードウェア面だけではなく、戦術や人心掌握術といったソフトウェア面にも及んでいることも、本書を子供だましではない本格派と成さしめている美点である。
平行時間警察が、単に主人公を異世界間に転移させるだけではなく、事態を神の視点から解説する機能を果たしているのも巧妙なところである。
惜しまれるのは、早川書房による本書の売り方である。カバー画と言い邦題と言い、ヒロイック・ファンタジーと誤認させるのを意図しているように思えてならない。また煽り文の締め「冒険SFの傑作!」は、通例、何の取り柄もない凡作に対して使われるものである。編集部は本作の真価を理解していないのではないか。そういうところもあってか、本作は――いやH・ビーム・パイパーは――日本のSF界においては過小評価――もしくは無視――されたまま現在に至っているように思える。嘆かわしい。誰か平行時間(パラタイム)シリーズと人類連合シリーズの主要作品だけで良いので翻訳してくれないだろうか。