SF少年文庫/SFロマン文庫の16巻、アンダースンの『タイム・カプセルの秘密』を紹介します。
【ビブリオグラフィ > 基本データ】
巻号:16
題名:タイム・カプセルの秘密
原書:Vault of the Ages (1952)
著者:ポール・アンダースン
訳者:内田庶
イラストレーター:金森達
対象年齢:小学校中学年~中学校前半程度(※レビュアーによる見解)
【レビュアーによる評点 (S, A, B, C, D) 】
SF的着想の良さ:A-
小説としての良さ:A+
総合評価:A
【梗概】
核戦争から数百年後の北米のどこか。文明はすでに崩壊し、人々は部族社会に分かれ、古代レベルの生活を細々と送っていた。人々は最終戦争をもたらした科学文明の記憶を恐れていた。
主人公はデイル族の首長の息子、カール。彼は密命を帯びて“シティ”へ向かっていた。北方の蛮族、ラン族の侵攻に対抗すべく、“シティ”の“魔法使い”たちから金属の武具を入手するためである。
※シティ:かつての大都市の廃墟。残留放射能と、科学文明忌避の風潮から“呪われた場所”として長らく忌避されてきた。しかし金属資源の宝庫として見直されつつもあり、放射能が薄れたこともあって目端の利く種族が住み着いて“魔法使い”と呼ばれている。
【※以下、ネタばれ回避のため白文字】
カールは“魔法使い”の指導者ロンウイと意気投合し、“シティ”の秘密である“タイム・ボルト”への入室を許される。それは、核戦争を予期した科学者が文明を保存するために建造したアーカイブだった。科学文明の素晴らしさに感激するカール。この力があれば、ラン族との戦いに勝利することも、それ以前に土地を巡って争う必要も無くなるのではないか・・・?
彼はロンウイを拝み倒し、布教のため“懐中電灯”を持ち出す。しかしカールの熱意は部族の長老たちには通じない。そのせいもあり、ラン族との戦争もすぐに敗色濃厚になる。
カールは禁を破り、自分に賛同する若者たち二十人を伴って再び“シティ”へ赴く。部族の窮状を救う決定的な技術を得るためである。しかし“シティ”ではラン族の外圧のために政変があり、科学復興を目論むロンウイは失脚していた。若者たちはロンウイ老人を救助し、“タイム・ボルト”を奪還する。しかし、“シティ”のラン族派がラン族の精鋭軍千人を呼び寄せた。敵軍は“シティ”に攻め入り、金属資源を奪い、科学文明の芽たる“タイム・ボルト”を破壊し、カールらを血祭りに上げるつもりなのだ。
限られた時間と資材の中、ロンウイ師の指導でカールらは何とか火薬を作り、ラン族を迎え撃つ。多勢に無勢だが、秘密兵器の力もあって若者たちは何とか敵の猛攻を凌ぐ。そして戦闘が膠着した場合の伝統に従い、戦いは代表者同士の一騎打ちに持ち込まれた。カールは因縁の相手、ラン族の族長の息子レナルドと剣を交え、勝利する。
そして朗報は続く。カールたちを討つために精鋭を千人も抜いたラン族本隊は、デイル族本隊に打ち負かされ、戦争はデイル族の勝利で終わったのだ。
長老たちもついに科学を認める。ドン大長老は言う。「ボルトに悪魔はいない。悪魔は人間の心にだけ住むのだ。知識は、すべての知識は、よいものであった」(フォア文庫版p252より)
だがレナルドは言う。弱肉強食が世の理であり、自分たちはまたいつか戻って来ると。しかしカールは言う。“タイム・ボルト”は人類全体のものであり、独占するつもりはない、と。誰であろうと農地を改良することも、疫病を防ぐことも、動力船を作って遠方と貿易することもできるのだと。
こうして“タイム・ボルト”は開かれ、デイル族・ラン族・“魔法使い”は対等の関係を築き、物語は大団円を迎える。
【※以上、ネタばれ回避のため白文字】
【感想・評価・解説】
黄金時代アメリカSFの雄、ポール・アンダースンの処女長編です(『脳波』より古い)。アンダースンらしい重厚でしっかりした造り、児童向けだからと言って手を抜かない職人意識が感じられる良作です。そして本作を貫くテーマ――知性、人間性、科学へのオプティミスティックな賛歌――には胸が熱くなります。
ジュブナイル小説としても秀逸で、頭の固い大人たちに反抗し、自分の信じる道を貫くカール少年の姿には胸が熱くなります。(敢えて言えば、カール少年(青年?)は初めからかなり完成した男なので“成長”が描かれる余地が少ないのは不満ですが)
本文庫には珍しいポスト・アポカリプスものでもあります。非常に親切丁寧な造りをしており、年少の読者が最初に出会うポスト・アポカリプス小説として理想的と言えるでしょう。
内田庶の訳文、金森達のイラストも申し分なしです。
レビュアー個人としてもかなり好きな作品で、少年時代はかなりヘヴィーローテーションしたものです。その後、幸運にもフォア文庫版を廉価で入手したためちょくちょく読み返していますが、いまだに飽きは来ていません。
【ビブリオグラフィ > 異版情報】
石泉社/銀河書房の「少年少女科学小説選集」で『五百年後の世界』(1956年)として翻訳されています。訳者は「平田みつ子」となっているので本書とは別訳のようです。
内田庶訳のものとしてはSF少年文庫(1972年)→フォア文庫(1981年)→SFロマン文庫(1986年)→SF名作コレクション(2006年)と、四バージョンあります。フォア文庫版は口絵が無いという違いがあります。SF名作コレクション版はイラストが最近の画家のものに変わっていますが、例によって今一つに感じます。
追記 『五百年後の世界』を国会図書館デジタルコレクションでちらっと読んでみた。訳者(や編集部の方針)が違うとずいぶん印象が違うが、内容的には過不足がないようだ。